叫ぶ刀

「さて、きみに質問が三つある。答えてくれるかな」


「ハイ、あなた」


「誰があなただ。さりげなく僕の奥さんっぽく返事をするな」


 ここは僕の借りている木造二階建てのアパート。その名も仙石夢荘せんごくむそう。ゲームみたいなアパート名だけど、学校が運営しているだけあって通学時間が十分程度で済み、家賃も安い。決められたルールさえきちんと守れば、僕のような貧乏な男子学生が一人暮らしをするにはうってつけの物件だ。

 その二階の二〇一号室の中で、僕と、喋る日本刀であるカフカは向かい合って話していた。向かい合うといっても、簡素なベッドの上に日本刀が寝かせて置いてあって、それを床に正座した僕が見ているだけなのだけれど。


「それで、何をお訊きしたいのですか? スリーサイズですか?」


「刀にそんなことを訊いてどうする! どうせ全部同じようなものだろ!」


 いかんいかん。目の前の威圧感ただよう漆黒の日本刀から、可愛らしい女の子の声がしていると思うと、どうも調子が狂ってしまう。


「一つ目。きみは九十九守ツクモリかい?」


「ええ、そうです。それが解っているから、ススムさんだってワタシが喋っていてもそんなに驚かなかったんでしょう?」


「まぁ、そうだけど」


 九十九守ツクモリ。昔から付喪神ツクモガミなんて呼ばれてきた、自我のある刀剣のことだ。数年前から、その存在が公に認められた。一万本に一本程度の確率で生まれるという珍しい刀だが、僕の学校の先輩にも九十九守を持っている人がいる。苦手な人だけど。


「二つ目。なんできみは夜の公園に飛んできたんだ?」


 これは結構重要なことだ。刀が飛んでくるなんて、まずありえない。よっぽどのことがないかぎり。僕は緊張して、静かにカフカの答えを待った。そして……


「ワタシにもわかりません。気がついたら、地面に刺さっていたんです。というか、そもそもそれ以前の記憶がありません」


 彼女のそんな言葉を聞いて、思わずがっくりと正座を崩してしまった。

 姿勢を正して、確認をとる。


「つまり、記憶喪失になった、ということ?」


「そうですね。でもロマンチックじゃないですか? 記憶を失った女の子と出会うなんて。まるでギャルゲーですね。そう言われれば、ススムさんも平均的な十七歳の主人公みたいな顔立ちですし」


「人の顔をギャルゲーの主人公に例えるな」


 それに、ヒロインが刀のゲームがあってたまるか。

 まったく。さっきの『ツンデレ』発言といい、ずいぶん俗っぽいことを知ってる日本刀だ。自我を持ってまだ二年目じゃなかったのか。

 しかし、記憶喪失の刀か。参ったな。これじゃあ持ち主に届けようと思っても手がかりがないじゃないか。カフカの柄や鞘を見ても、名前らしきものは刻まれてないし。鞘に彫られている彼岸花の紋章も見たことがないデザインだし。

 普通なら、刀身の握りにあたるなかごという部分に刀匠の名前があるのだけど、それを見るためには柄と刀身とを取り外さなければいけない。さすがに他人の刀を解体する訳にはいかないよなぁ。

 ……ん? 待てよ? もしかしたら、刀身の部分に何かヒントになりそうなものが刻まれているかもしれない。

 少し確認するくらいなら問題はないだろう。そう思い、カフカを鞘から抜こうとしたそのとき。


「キャ――――! 何するんですか! いくらススムさんでも、こういうことは、その、とにかくダメです!」


 いきなり、アパート内に大音量の悲鳴が響き渡った。

 慌てて、口をふさぐつもりで柄を握るが、人間のように口で喋っているわけではないので、かん高い叫び声は止まらない。

 まずい、このアパートは女性の連れ込みが禁止だ! この悲鳴が管理人さんに届いたら、ここを追い出されるかもしれない!


「カフカ! 叫ぶのをやめてくれ! というか、何をそんなにイヤがってるんだ!?」


「ススムさんの辞書にデリカシーという言葉はないんですか!? 女の子が裸を見られたくないと思うのは当然でしょう!」


 はあ!? つまりあれか!? カフカにとって刀身は裸と同じで、抜刀するということはイコール裸を見られるという感覚なのか!?


「わかった! もう刀身を見ようとなんてしないから、とにかく静かにしてくれ! このままじゃ僕が殺される!」


 管理人さんに! 社会的に!


「そっ、それは困ります。ススムさんはワタシの恋人ですから……。わかりました。そのかわり、勝手にワタシの鞘を脱がそうとしないでくださいよ?」


「はあ……わかってくれてありがとう」


 ひとまず安心して、僕は刀から手を離す。結局、刀身を見ることはできなかった。

 気を取り直して、質問を続ける。


「それじゃ、最後の質問だ。きみは僕に一目惚れしたと言ったけど、どうして僕なんかに?」


 すると、カフカは真剣に、それでいてどこかうっとりとした声色で語った。


「なんて言えばいいんでしょう。ススムさんに助けられて、その手に触れたとき、ススムさんから剣豪の雰囲気を感じたんですよね。それも、尋常じゃないほどの」


 それは……

 無意識に、僕は自分の胸を押さえつけていた。正確には、シャツの胸ポケットを。


「それは、誤解だ。僕には剣術の才能なんて、ない。もうこの話はやめて寝よう。そして明日、学校が終わってからきみの持ち主を探そう」


「え……?」


 カフカのとまどいを無視し、彼女を勉強机に立てかける。そのままベッドに横になって、僕は電気を消した。


「ハッ、まさかこれが、初夜というものですか?」


 日本刀の乙女ボケにツッコむ余裕もなく、僕は暗闇の中で目を閉じた。

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