恋×刀〈コイガタナ〉

二石臼杵

告る刀

「抜いてください~」


 夜の公園。コンビニから帰る途中だった僕の目の前には、鞘ごと地面に突き刺さっている一本の日本刀があった。

 真っ黒な鞘には彼岸花の紋章が刻まれており、柄の部分には柄巻つかまきと呼ばれる赤い紐が巻かれている。よく刀の柄に見られる、ひし形模様を作ってるあれだ。

 月明かりを妖しく反射するその姿は、神秘的でもあった。

 この刀が、空から降ってきたのだ。いや、飛んできたと言うべきか。

 鳥でも飛行機でも、ましてやスーパーマンでもなく、勢いよく回転しながら飛んできて、僕の目の前の地面に刺さったんだ。


「お願いです、抜いてください~」


 その日本刀からは、少女のようなソプラノボイスが聞こえてくる。周りを見回すが、声の主も、持ち主らしき人も見当たらない。

 僕は思いきって刀の柄に手を添え……くすぐってみた。


「アハハハハハ! 何するんですか!」


「あぁ、やっぱり刀が喋ってるんだ」


 くすぐるのをやめると、日本刀が抗議してきた。


「そうですよ! さっきから何回も助けを求めてるじゃないですか! それなのに、なんでファーストコンタクトが『くすぐる』なんですか! 困ってる女の子を助けないなんて、信じられません!」


 いや、刀じゃん。

 やれやれだ。とある理由から、刀にはなるべく触らないように心がけてたのだけど……。

 僕はしかたなく、彼女(?)の鞘の部分をつかみ、抜刀しないようにしながら地面から引き抜いた。


「よっと……これでいいかな?」


「ありがとうございます! あなたは恩人……いえ、運命の王子様です!」


 ずいぶん現金な性格の刀だ。さすがに持ち上げたままというのは手がつらいので、鞘の先端を地面につけて話をする。


「ワタシのめい可不可カフカといいます! 不可を可にするという意味の込められた銘です! 自我を持って今年で二年目になります! あなたのお名前をうかがってもよろしいですか?」


「……芥川あくたがわすすむ。十七歳。高校二年生だ」


「ススムさんですね。あの、突然こんなことを言われて、ご迷惑かもしれませんが……すっ、好きです! 付き合ってくだひゃい!」


「ぶっ」


 思わずふき出した。なんせ、手に取ったばかりの日本刀にコクられたんだから。


「な……」


 あまりについていけない展開に絶句していると、カフカは次々にまくし立ててくる。


「あ、もしかして年齢差を気になさっているのですか? 確かに、征さんが十七歳で、ワタシは二歳。どこか犯罪臭がしますが、ワタシは征さんがロリコンでも構いません! 愛があれば年齢の壁など乗り越えられるのです!」


「人聞きの悪いことを言うな! 僕はロリコンじゃないし、そもそも年齢差以前に、きみは刀で僕は人間だろう!」


 今が夜で、周りに誰もいなくて助かった。日本刀を手に一人でツッコむ少年なんて姿を見られたら、頭がどうかしていると思われるに違いない。


「きみだなんて、よそよそしい。カフカって、名前で呼んでください」


「論点をそらすな! きみとは付き合えないって言ってるんだ!」


「フフ、その態度……ツンデレと受け取っておきます」


「受け取るな!」


 ダメだ。これ以上話し合っても意味がない。そう思って、カフカを公園のベンチに置いて帰ろうとすると――


「ススムさん、何をする気ですか!? まさか、女の子を夜の公園に一人きりにしておくつもりですか!? ススムさんはワタシがどうなってもいいんですか!? イヤ――、芥川ススムさんに弄ばれました!」


 いきなり近所迷惑レベルの大声で僕の名前を連呼し始めた。


「わかったわかった! キミも連れて帰るから、僕のフルネームを叫ぶのだけはやめてくれ!」


 こうして、僕はカフカを腰に下げて家に帰ることになった。というか、そうするしかなかった。

 これが僕、芥川征と、乙女の心を持った日本刀カフカとの運命の出会いだった。

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