首つり
風の音がする。電話口を煩くたたく風の音。小さく震える音も時々挟まる。
部屋は黒く、息をつめたように静かだった。
夢を見ていた。おそらくは、昨日の電話の夢を。それが遂げる側か否か、ということではあったが。
縛り付けられたように動かない体を修介は持て余した。
目線だけを室内に巡らせる。今日も押し込めたように静かな室内に修介は息を詰めた。
時折心音と重なるような時計の秒針の音に意識を向ける。
僅かに外の明かりを漏らすカーテンを背景に、時刻は三時に差し掛かっていた。ぼんやりと光る蓄光塗料にも目を焼かれて、瞼の裏に数字が貼りついていた。
ぱちぱち、とそれを打ち消すように瞬きをするが、ぼんやりと浮かぶのが幽霊のように見える。
黒く沈んだ室内に浮かぶ残像が、左右に揺れた。
痺れた指先でシーツを引っ掻く。
静寂に混ざった低い耳鳴りが昨日の風音にも重なって思考が鈍った。
黒いままの天井に目を向ければ、目の錯覚で闇が蠢くように見える。それがだんだんと形を成して文字となり修介の思考に降りてきた。
『交通事故』『飛び降り自殺』
その二つの単語がうるさくちらつく。
関係ない、と言い切れるだろうか。間違い電話か、それとも何か意図があるものなのか。どうして、深夜に自分の所にかかってくるのか。
自分がもし命を絶つとするのなら、大切な人に電話をするだろう。それを、見ず知らずの一方的に知っているだけの相手に電話をかける。どんな心理だろうか。
戸惑いの方が大きく、二度の電話に対してどんな言葉をかけたのかも覚えていなかった。
もし、違う言葉をかけたなら修介は違う体験をしただろうか。
一瞬部屋が明るくなった。枕元に投げ捨ててあった携帯電話が暗闇をかき乱す。
また見慣れない番号だった。
電話に出ないという選択肢ももちろんないわけではなかった。だが、修介は報道番組の情報と昨日の電話の内容、それからおとといの深夜に起きたという交通事故の話を切り離せないでいた。
偶然ではない、とそんな確信を抱きつつ電話をとる。
「私、今から死ぬんです」
三度目ともなればなれたもの、などと余裕をかましている場合ではない 修介は慌てて電話口にとりすがる。
「あんた、今どこにいるんだ?」
「......」
黙する声の後ろでは、ざらざらとラジオの音が聞こえていた。環境音はないに等しい。 だが、修介は焦らなかった。
「何があったんだ。どうしてそんなことに」
「私、今から死ぬんです」
硬い声はそう繰り返した。
口が渇くのを自覚しつつ、もつれそうになる舌を懸命に動かす。
「どうして?」
「……」
「何かあったのか? 理由は?」
「……」
「言えない理由が、あるのか? 誰かに脅されているのか?」
「り、理由は……」
声が詰まったのは、泣いているせいか。
ぐ、ぐと何かをこらえるような音。
背景のラジオは陽気な音楽を流し始めていた。
「角塚修介、あなたのせいです」
またこれだ。何度目のデジャブか。
電話越しの相手を修介は知らないはずだ。一方的に知られていることのこの薄ら寒さは何だろうか。
ぐ、とまた電話越しの声が詰まる。
「あなたが悪い。あなたがすべて悪い。覚えていなくとも、全てはあなたが招いたことです」
饒舌にそんなことを叩きつけて、電話口では覚悟を決めたような長い息が吐きだされていた。
修介が二の句を継げないでいる間に、用意は整っていた。
「角塚修介、あなたに返します」
ガタン、と何かが倒れる音がした。
が、ぐ、と押しつぶしたような喘ぎが聞こえたかと思えば、携帯電話を落としたのかがしゃんと耳を大きな音がつんざく。
暢気なラジオの会話の間に時折、ぎし、ぎしと縄のすれる音が挟まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます