#6 石ころの結末Ⅲ

「カンタンですよ、アイビィ」

 夕焼けに聞こえたやさしい声。

 声の出処はわたしの胸元のキカイで、声の主はもちろん『イド』。

 その響きは、自身の振動機能バイブレーションで感情を表現するようなイドの合成音声で作れるものだろうか――或いはそのやさしさも、わたしの弱気が聞かせたもの?

「独り言に返事するのって、マナー違反じゃないかな」

 ショックを受けてないと言った手前、弱気を見られたのが後ろめたくもあり、恥ずかしくもあり、つい棘のある返事憎まれ口をした。

 でもイドはそんな照れ隠しなんて意に介さず、

「それはすみません。でも、貴女が悩む時、手助けをするのがワタシですから」

 ちょっと、頼もしいかも――なんて思うのはシャクだから、人の心の隙間につけ込むのが上手いキカイだと思おう。

「カンタンって、何がカンタンなの」

「貴女がこれからする選択ですよ」

「これからするって、そんなの、さっさと今夜の寝床を探す以外に――」

「必要上はそうです。ワタシも、貴女は早めに休息するべきだと思います。それでも、貴女は目の前のをどうするか決めなければ動けないでしょう?」

 内心を読まれているようで悔しい。

「どうするも何も、、放っておいてやれば――」

「出来ませんよ、アイビィ。もう放っておくことは、貴女には出来ない」

 出来ない。――そう、わたしには、彼らはもう石ころではない。

「重ねてしまったのでしょう? 同じ年ごろで、同じように旅し、そして此処で朽ちた二人と自分を」

 何か言い返してやろうにも、図星に過ぎて言葉が出てこない。

「貴女がこういうコトに対して気にする性格だと言うことを知っていたのに、不用意に伝えたワタシにも責任がありますが、それは思い違いというものです」

「――それ、どういうこと?」

 なんだこのキカイは。

 わたしの内心に思い違いも何もないだろう。

「アイビィ。確かにこの二人は、貴女と同じような過程を経て、この結末に辿り着いたのかもしれません。でも、何処まで過程が、選択が同じでも、やはりこの二人はアイビィではないのです」

「わたしじゃない」

「はい。貴女は貴女以外にはならないし、なることも出来ません」

 それなら、――それなら、

「わたしの最期は、こんな何もない場所で、誰にも見られずに、ひとりで死ぬことじゃ、ない?」

 わたしの疑問を聞いて、暫くしてイドは答える。

「そんなコト、ワタシは知りません」

「は?」

 なんだこのキカイは!

「あのさぁ! そこはもっと、こう、貴女の最期はハッピーエンドに決まってます――みたいなことを言う場面じゃない!?」

「貴女の弱気にワタシが付き合う意味はないので。というか、ソレを言ったところで貴女の問題が解決するワケではないでしょう」

「でも、でもだよ。傷心中の女の子がいるのに、そんな冷淡な返事するかフツー!」

「ハ・ハ・ハ・ハ・ハ」

 作りもの感満載の笑い声に合わせて端末が微振動する。

「――っ! この、あの、ポンコツキカイ! アホ! むむむ!」

「罵倒の語彙力がタイヘン低くて愛らしいですよ、アイビィ。ただポンコツはやめなさい」

 やった、ちょっと効いてる!


 なんとも、沈んだり浮き上がったり、感情が忙しい。

 落ち着くために深呼吸を二度する。

 わたしの胸がゆっくりと上下する間、イドは静かに待っていた。

 いつのまにか空の赤色は、夜の黒色に覆い尽くされようとしている。

「落ち着いたようでよかったです。さあ、そろそろ選択をしましょうか、アイビィ」

 イドの言う通りだった。明日も旅は続くのだから、休息が必要だ。

「この二人をどうするか」

「はい。では、どうしましょうか?」

 そんなのは決まっている。

「何もしない。今日の寝床の支度があるし、この二人から取るものは何もないし」

 つまさきで蹴り上げた石ころが水面に墜落して、波紋が広がった。

 でも、だからどうしたというのだろう。石ころは所詮石ころで、わざわざそれを掬い上げようとする者はいない。

「はい。少し戻ることになりますが、此処へ来る途中に通ったところに、イイカンジの廃墟がありましたよ」

「うん、そこにしよう」

 水面に広がる波紋も、最後には消えてなくなる。

 そういうものなのだ。

「それで、明日のご予定は?」

 やがてそこに石ころあったことすら、忘れてしまう。

「うーん、そうだね。とりあえず、この道のさきへ真っ直ぐ行ってみよう!」

「相変わらず適当ですね。それはそれで構いませんが。ああ、そろそろ食糧の残りがアヤシイので、今夜は食べ過ぎることのないように!」

「ゲッ、もしかしなくても、トランクの中身把握してるの?」

「モチロンですっ! なんと言っても、ワタシはアイビィのコトなら何でも知りたいですからっ!」

「それはなんというか、恥ずかしいなぁ」

 わたしは歩調を速めた。

 そろそろ、夜が来る。目的地はすぐとはいえ、ゆっくりしてはいられない。

「そこは頼りになる、安心した――となるところじゃないです?」

「ソレ、わりと危うい思考だと思うよ。あ、そうだ。ねぇ、イド」

 さっき伝えた以外で、明日の予定がもうひとつ。

 大したコトではないけれど、同行者には伝えておかないと後でうるさそうだ。

「はい、なんでしょう」

 それはやってもやらなくてもいいような些細な予定で、

「明日さ。ちょっと早めに起きるよ。小さなお墓をふたつ、作るからね」

 でも、やっぱり放っておくことは出来ないのだから、仕方ない。

「ええ、それはイイですね。ただ、お墓はひとつがイイのではないでしょうか」

「そっか。そうだね。じゃあひとつだけ、明日ね」

 そのためにも、今日は早めに睡ろう。

 明日のために。そうして歩みはやがて駆け足になる。ずっと夕焼けに佇んでいたせいか、身体を動かすのがやけに心地良い――脚よ運べ、わたしを前へ!

 そうして、沈んでいく夕日に、わたしはつぶやく。

 ――おやすみなさい。

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