#3 わたしとワタシと旅は始まり

 かつての世界には、ヘンテコなキカイがたくさんあったという。 

 わたしがそのキカイを見つけたのは探索中に訪れた廃墟の地下室だった。地下では他にも数日分の食料と水の備蓄、清潔な衣類、入浴設備を見つけた。

 特にお風呂は大収穫。わたしは取るものも取りあえず、久々の温かいお風呂に入って、取るものだけをトランクに取った。

 ちなみにトランクとは、底部に小さな車輪が付いた収納箱のことで、色々と持ち物が嵩む旅では必需品である。わたしのは旅を始めて間もない頃に訪れたコロニーの人から譲り受けたもので、大きさはの素敵な焦茶色のトランク。くれた人が言うには、わたしのトランクはレトロなのだという。何がレトロかというと、見た目とか、色合いとかがレトロであるとのコト――「アンティーク」だとも言っていた、よく分からなかったけれど――とはいえレトロはよく分からないわたしも、そのトランクの良さは共に旅をして分かってきた。

 今では無くてはならないお気に入りになっている。

 わたしはトランクに収穫物を詰めていく。

 水(緑色じゃない!)は水筒に。食糧(缶詰とかブロックタイプの栄養食、意外とおいしい)は嵩張らないものを十分な量だけ。衣類は着替えぶんと、それから、上に着る外套も忘れずに。

 手元のトランクが重くなっていくのが嬉しくもあり、憂鬱でもあった。

 この重たいトランクを持って梯子を登り、地上まで行かなければならない。


    ★


「――結局、分けて運ぶしかなくて、何度も梯子を登り降りすることになっちゃったなあ。トランクに梯子を登ってくれる脚が付いていたらいいのに」

 と、その時の苦労を思い出して独り言る。

 そんな独り言が聞こえたのだろう。胸元から、合成音声こえが聞こえた。

「――ねえ、アイビィ? ワタシは貴女との付き合いはまだ長くありませんけれど、それでも分かったコトがあるのです」

 外套のホルダー留め具を使って、わたしの胸元に装備された赤色の四角い板のようなキカイこそ、その声の主だ。

 ――ねえ、アイビィ?

 たしか初対面の時も、今みたいにこのキカイから話し掛けてきた。

 キカイ――終末前の人類が製造した人の役に立つための道具で、今では遺物となったモノたち――終末後、それらの殆どは壊れているか、機能を停止している。

 ただ、生きているキカイも残っていた。

 それは例えば本来の道具として人間に使われていたり、かつての人類繁栄の象徴として人のいるコロニーでカミサマとして祀られていたり、無人機が野良キカイとして徘徊していたり――機能を停止していたキカイが、ある日突然再起動して稼働を始めたり――。

 このキカイから最初に声を掛けられた時、まず幻聴を疑った。

 地下室にわたし以外の人間がいないのは分かっていたし、まさか生きたキカイが喋りかけてくるなんて思ってもいなかった。

 だって廃墟で見かけるキカイが生きていたことなんて殆どなかったし――「ねえ、アイビィ! ワタシの声が聞こえないのですかっ」

 流石に騒がしくなってきた。

「ううん、聞こえてる。えっと、わたしについて分かったコト?」

「はい、同行者について知ることは大切です。そこでワタシは貴女について分析したのです」

「ふぅん」

 と、わたしは胡乱げな声で答えるが、それを気にしないふうに言葉は続く。

「ぶっちゃけますと、貴女は適当過ぎです! 服装のコトではありませんよ――いえ、服装もそうなのですがっ。大きいからといって雑に膝丈で衣服を切って着るなんてコトは、こう、どうなのでしょう――年頃の女の子的に! それに旅をしているのに地図を持たない。余裕があるうちは気分で食糧を多く食べたりする。興味を引くものを見つけたらすぐ見に行く。汚れてない水場があればロクに周囲を確認せず服を脱いで水浴びするのも女の子なのですからやめましょう! それから――」

 いや、本当に騒がしいキカイだ。というか服装は適当ではない。お風呂だって臭いを消すためだし、そもそもわたしはオシャレのはずだ。

 他はまあ、幾つか思い当たるフシもあるけれど。

「べつにイイじゃない? それでやってこれたし」

 と、相槌を打つ。でもお喋りなキカイはその相槌も気に入らないようで、

「ほら、またそうやって適当に流してしまうっ。改善しようとは思わないのでしょうか? いえ、ワタシだってこんなコトは言いたくはないのです。しかし、貴女は若いし、生活を改めなければ後々に後悔しますから、指摘せざるを得ません! まずはカンタンなコトから改めましょう! そういう管理はワタシ得意ですので、お手伝いしますよっ」

 管理が得意とかキカイっぽい――このキカイ、あんまり流暢に喋るからキカイって感じがしない。とはいえこれ以上お小言を言われるのも面倒だし、話題を変えよう。

「あ、そういえば。ええと、アナタって何をするためのキカイなの?」

 そう尋ねた瞬間、胸元のキカイが振動した。お小言の時からそうだったが、感情表現の手段の一つとして振動機能バイブレーションを使っているらしい。

「よくぞ聞いてくれましたねっ! ワタシは『あなたのための人工知能辞典』のM.A.I.D.メイドです! ああ、いま貴女とこうして話せているのはワタシが対話型インターフェイスを搭載しているからですね」

 よくわからない。

「――アナタノタメノ、なんですって?」

「『あなたのための人工知能辞典』です。所有者の情報を収集、記録、蓄積、利用して所有者に最も適した形でのサポートを行うツール――といったところでしょうか。貴女が長く使えば使うほどに使い勝手が良くなっていく、貴女のためだけの夢のような道具なのですよ。ちなみにバージョンは1.10です。重大な不具合バグもなく、安定しています。つまり優秀なのですよ、えっへん」

 キカイは誇らしげに振動する。それに何時にもまして饒舌。えっへんって。

「使えば使うほど」

「はいっ。使えば使うほど、ですよ。ワタシはアイビィの一日の行動――日々行き当たる状況に対する選択やその結果をし、情報として収集しています。これが一日、二日、三日と蓄積していき、それを分析するコトで、アイビィという人間を予測シミュレーションするのです。そうして導き出された予測を利用して、アイビィが取るべき最適の選択を選定し、最適の結果を得られるように誘導コントロールします」

「それが、アナタ」

「ええ、ワタシは貴女の旅において、最良の同行者となり得ますよ」

「ふぅん」

 と、未だ分からないこともあるけれども納得しておいた――要は喋る羅針盤だ。いま自分が向かうべき方向が示され、従うことが最適解となる――それは何か、ぞっとする気がしたけれど、口から出そうになった意味のない言葉は飲み込んだ。

 曖昧な違和感はあるけど、何が違うか分からないのに違うと言っても仕方ない。

 それに、このキカイと接している限りだと、どうもシミュレーションだとかコントロールだとかでわたしを導いてくれるとも思えないし。「えっへん」は、ない。

 だからとりあえず違和感は棚に上げてしまい、いま解決出来ることから解決していくとする。

「じゃあさ、最良の同行者であるアナタをなんて呼ぼうか? 『アナタ』とか、『このキカイ』とか、不便だし。たしか『メイド』だっけ――それとも、他に名前が?」

 答えは、一瞬の振動のち沈黙。

「なに、アナタ。わたしの情報を収集するとか言っておいて、自分の名前は教えたくないとか言わないよね。――ホントに言いたくないなら無理には聞かないけど」

 ずっと話していた相手が急に黙ると居心地が悪い。

 やっぱり名前を聞くのはまだ早かった?

 旅の同行者なんて初めてのことだし、そもそも誰かと仲良く会話することなんて殆どないから、こういう距離感は掴みづらくて苦手だ。

「――いえ、いいえ。言いたくないわけでは無いのです。確かに『M.A.I.D.』は名前ではありますが、どちらかと言えば製品名ですから、たぶん、貴女の求めているものではないでしょう。とはいえ、ワタシには愛称がありませんから、ええと――」

 と、キカイは困ったように微弱な振動を繰り返している。

「べつに、言い辛いわけじゃないし『メイド』でもいいよ?」

 と、助け舟のつもりで提案してみるが、

「それはワタシが厭ですっ。せっかく呼んでもらうなら、製品名じゃなくてワタシだけの名前が良いですもの――ワタシの名前、ワタシだけの――ああっ、そうです! アイビィ、貴女が付けてください、ワタシの名前!」

「――えっ」

「そうです、そうです。そもそも道具の名前は所有者が付けるもの。拾ったワンちゃんやネコちゃんだって『ワンちゃん』、『ネコちゃん』なんて、あんまり呼びませんよね!」

 力強く振動されても。

「待って、ちょっと待って。わたし、名付けなんてしたコトないよ。それに『ワンちゃん』や『ネコちゃん』もそれはそれで可愛い呼び名だと――」

「ワタシは違うのです!」

「――思うけれども、違うか。そっか――」

 わりかし可愛いと思うのだけれど。

 とにかく、名前を付けなければ胸元の振動が止まることは無さそうだ。それは困る。とはいえ、名前なんて簡単には思いつかない。

「分かった。考える。でも、時間を頂戴。その間に――というか、真っ先に聞いておいた方がよかったコトなんだけれども」

「なんでしょう?」

「いや、ええと、――」

 振動が強くなる。ちゃんと考えるから、今は許してほしい。

「――アナタね。あの地下室でさ。探してるものがあるから、旅に付いてきたいって言ったじゃない。それで、結局、何を探しているのか教えてもらってないよ」

 振動が少し弱くなる。それから少しして返事があった。

「ワタシは、ワタシを探しています」

 返答に窮していると、それを悟ったのかさらに言葉が続いた。

「分かり難くてごめんなさい。ワタシは記憶が初期化されているのです。人間でいうところの、記憶喪失が近いでしょうか」

「それで、失くなった記憶――アナタを探している、と」

 と、わたしは答える。が、どうもわたしの認識とは少し違うようで、

「正しくは、失われた記憶の中にあった情報を探しているのです。記憶の初期化自体は機能の一つですし、記憶容量が一杯になってしまえば容量を空けるために行うコトですから。ただ、失われた記憶の中には、忘れてはならない大切な情報があったはずなのですが、それまで失われてしまったようで――ムムム」

 と、考え込んでしまった。それほど大切なものなのか。

「それって、見つけられる――思い出せるの?」

「それほど大切な情報であれば、消える前に何らかのバックアップ措置をしていても不思議ではありませんから、今はそれが一縷の望みといったところです。後は復元可能な技術者を探すとか――世界の状況を見る限り、あまり現実的ではありませんが」

 確かに、稀にキカイを修理できる人間がいないこともない。とはいえ、それは単純なキカイの話で、胸元にあるようなキカイとなると――難しいことに思えた。

「とはいえ、手がかりがないわけではありません」

「あ、そうなの!?」

 それならそうと早く言ってほしい。

「はいっ。手がかり――それは、『波』です」

「ナミ? ナミって言うと、海の『波』のコト?」

「さあ?」

「ええー」

「いえ、ワタシも『波』としか。とはいえ、このキーワードを追っていけば、何か打開できるかもしれません。差し当たっては海の波を見てみたいですね――青い海、白い砂浜、陽光にきらきらと照らされた大海原に思いを馳せて――」

「ただ海に行きたいだけのようにも聞こえるけれど――まあ、もともと何処に行くかなんて決めてない旅だし。海の近くへ行くことがあれば、その時は行きましょうか」

「はい!」

 次の目的として『海へ行くこと』がふんわりと決まった。

 海が何方にどのくらい行けばあるかなんて、分からないけれども。

 それでも、目的があることはイイコトだろう。


    ★


「ところで――ねえ、アイビィ?」

「はいはい。忘れてないよ」

「それでは、ワタシの名前、よろしくお願いしますっ」

 胸元の振動に背中を押されるように――というとヘンだけれども、

「じゃあね、旅の道連れさん。自分探しをするアナタの名前は――」

 わたしは息を一つ吐いてから、その名を口にした。

「――『イド』。これからよろしくね、イド」

 胸元の振動はピタリと止んだ。気に入ってくれただろうか?

 この静止は、歓喜と落胆、どちらだろう。

 ふと不安が脳裏によぎりもするけれど、きっと大丈夫だ。

 その静止した数秒間は、今度は失うことのないように彼女の記憶に新しい名前を刻むための時間だと――そう、わたしは信じる。

 だからきっと彼女は言うのだ。

「――ステキです! それから、これからよろしく、アイビィ!」

 と、こうしてふたりの旅は始まった。

 答えを探す少女アイビィと自分を探すキカイイドのふたり旅はきっと楽しい。

 そう、わたしたちは信じている。

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