第14話 最後の授業
朝のホームルームでも、午前中の授業でも、空の停電は十分から十五分おきに起きていた。それが、夕暮れような景色の時間帯の終了を告げるふうに思えた。まるで空の電球が完全に切れてしまって、これからは朝も昼も夕方も、空の停電がずっと続くようだった。その事が、みんなの恐怖を駆り立てた。
それで学校の授業は、夜の停電の中で行われているみたいに、懐中電灯の明かりを頼りにして行われた。最後の授業だから途中で投げ出して、生徒を下校させるわけにもいかないようだ。
西村先生は、理科の教科書に懐中電灯の明かりを照らして、やりにくそうに読み上げていた。生徒たちも同じように懐中電灯の光を点して、教科書に当てていた。懐中電灯を遠くに離すと、文字が暗くなるが、あまり近づけすぎると紙が光って見えなくなる。光を当てながら、教科書を読むのは、何度やっても読みづらかった。
教室の床や机からは、色々な黒い花が生えてきて暗闇を作った。懐中電灯で照らしてやらないと、すぐに教科書やノート、筆記用具を暗闇の中に隠してしまう。私の机には、黒い紫陽花がどんどん茂って、囲んでしまった。手でむしり取っても、次々に茎や葉っぱを伸ばして、小さな花をつけて、何もかも真っ黒にしてしまう。
私は黒い紫陽花の茂みの中に、頭を突っ込んだ。懐中電灯を使って、見えなくなったノートや筆記用具を捜した。黒い紫陽花が光に照らされて、見る見るしぼんで消えてなくなった。それでも光が当たらなくなると、また勢いよく生えてきた。教科書もノートも、すぐにどこに行ったのか分からなくなる。
ゆりちゃんの机には黒いタンポポが花を咲かせ、ときどき綿帽子をつけて、種を飛ばしていた。綿毛の種は教室のあちこちに飛び降りて、またそこで黒いタンポポの花を咲かせていた。
教室の真っ暗な天井には、黒い電気クラゲや、黒いサバ、黒いイワシの群れが遊泳していた。教室の中が海の中のようだった。手が届く所に、大きな魚が泳いでいた。机と机の間には、黒い毛を生やした、羊が駆け回っていた。羊のもこもこした黒い毛が、教室中を満たしていた。黒い羊は光を当てると、すぐに消えてなくなった。が、教室の後ろの扉の隙間から湧いてくるのか、気付けばいつの間にか増えて教室を走っていた。
空の停電が終わると、教室中で思わず安堵の声がもれた。黒い紫陽花や黒いタンポポや、黒い動物たちは透明になって消えてしまった。
西村先生は明るいうちに、教科書の大事な所を板書し始めた。またいつ真っ暗になるか分からないから、授業は駆け足で進められた。
生徒たちは西村先生のスピードになかなか付いていけなくて、ノートを取るのも、教科書を見るのも大変だった。ほとんどの生徒は、授業の内容が頭の中に入らないうちに、どんどんと授業が進められていく。いつもの二三倍の早さで進められるようだった。私は、黒板をノートに取るだけで手一杯だった。ただ無我夢中で、黒板の文字や図形が書き写した。
一時すると、また空の停電が始まった。私の机には、また黒い紫陽花が咲き始めた。黒い羊も帰ってきた。教室の間をもこもこが走り回っている。とおるが飛んできた、黒いタンポポの綿毛に鼻をくすぐられて、大きなくしゃみを上げた。黒いサバや黒いイワシの群れが驚いて、教室の天井を時計回りに泳ぎ始めた。理科の授業は慌ただしく終わった。
休み時間になると、生徒がトイレに行くのに困らないように、先生たちが懐中電灯を廊下やトイレの前に設置して、明かりを取ってくれた。それでも、休み時間中に空の停電が起これば、トイレの個室の中は真っ暗になって、生徒たちは恐ろしい思いをした。数の多い個室にまで、懐中電灯の明かりは届いていなかった。空の停電でなくても、薄暗い中をトイレに行くのは、少し勇気がいった。
音楽の時間は、いつも通り音楽教室で授業を行なった。教室の移動も空の停電と重なると、全く景色が変わった。同じ校舎の中とは思えないほど、遠くに感じられた。それで授業の開始に間に合わなくても、西村先生は注意はしなかった。真っ暗な中、生徒たちを急がせて、怪我をしても困るからだ。私たちはできるだけ、廊下を迷わないように、暗い中をみんなで固まりながら、音楽教室を目指した。
暗闇の中での音楽の授業だけは、特別な授業のように思えた。周りが見えないから、特に音に集中できた。普段は気付かない小さな間違いや、ちょっとした演奏の癖も分かってしまう気がした。
私はリコーダーの演奏が、あまり得意でないから、手元を見ながらでないと上手く音が出せなかった。空の停電が起きたときには、両手がふさがっていて、懐中電灯を当てることができない。どうしても演奏が止まってしまう。
とおるは暗闇の中でも、少し音程のズレた音をピーピー鳴らしながら、得意になってリコーダーを吹いていた。わざわざ見なくても、とおるの音だけは目立って、私の耳にもはっきりと聞こえた。私は、何とかして懐中電灯の光を手元の当てようと苦労していた。私の机の周りには、黒い文鳥が何羽も現れ止まった。口にくわえたリコーダーの上にまで止まってきて、手元を見えなくした。黒い文鳥は、私がリコーダーを動かすと、振り落とされないように、羽をバタバタと羽ばたかせた。そのたびのまた一匹、一匹と黒い文鳥が私の机の上に集まってきた。懐中電灯で上手く光を当てられないから、机の上はどんどん真っ暗になった。
ゆりちゃんの机の上には、黒いハトが群がっていた。でも、ゆりちゃんは手元を見なくても、上手にリコーダーを吹いていた。黒いハトはゆりちゃんの演奏を聞いて、眠るように大人しくしていた。私は、ちょっとうらやましくなった。西村先生の姿は暗闇に隠れて見えなかったけど、声は音楽教室の中でよく通ったから、授業には支障は出なかった。でも、演奏のコツや楽譜の説明をするときは、普段使っている言葉では足りないから、かなり苦労していた。そうして、最後の授業が無事に終わった。
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