第55話 055

「まぁ、そんなわけで。一応、週明けから仕事ちゃんとやれ、って話はしといた」


結局、スーパーに行く以外の外出もしなかった午後。キッチンを明里に任せて、堂島に電話を掛けた。


『ありがとうございます。マジで』


何やら騒がしいBGMの中で、堂島が言う。


「お前、スピーカーにしてる? めちゃくちゃ後ろ騒がしいんだけど」

『あ、ごめん、うるさい? 今映画観てて。

 おい! ちょっとボリューム下げろって。俺電話してんだけど』

「てゆーか、お前がスピーカーやめろし。普通に喋れや」


てゆーか、誰と一緒なんだっつー話。


『ごめんごめん』

フッと音が軽くなって、堂島の声だけが届いてきた。

「彼女?」

『ん? ああ、うん。何か昨日の夜から来てる』

「あっそ。まあ、どーでもいいけど、もし週明けも出社しなかったら一応教えて」

『おう。マジでありがとうな』

「いや、いいよ。まあ、辞めちまうのは勿体ない人材だとは思ってるから。俺も」

『珍しいね。去るもの追わずなお前がそんな事言うなんて』

「そうか? 俺は正当に評価してるだけだ。それ以上もそれ以下もねーけど」


チョンチョン、と、ソファーから投げ出した足を突かれて顔を上げると、

「ご、は、ん、だ、よ」

と、明里が口パクで教えてくれた。


「まあ、そんなわけで、俺もう飯だからさ、取り敢えず、月曜に連絡頂戴よ」

話を切り上げにかかった俺に、

『明里さんの手料理? いーなー。俺も食いてーなー』

と、堂島が言う。

「アホか。彼女の飯食っとけ」

そう言って笑い返して、通話を終わらせた。



「堂島くん?」

「うん。明里の手料理食いたいって」

「あははっ。堂島くんらしいね」

明里に促されて食卓につくと、俺の好きなものばかりが並んでいた。


「何? 俺今日誕生日だっけ?」


少し面くらいながら、椅子を引いて腰を下ろす。


「うん」


「え?」


はい、とシャンパンボトルを渡されて、明里とボトルを交互に見る。


「和樹の誕生日、プレゼント送ったり電話はしたけどさ。何も出来なかったから。今年の分の、お誕生日」


「嘘、マジで?」


想像だにしなかった事に、驚いて手が止まった。


ほらほら、開けて開けて、と促されるまま、栓を飛ばす。

何かと言うと、俺が買って帰るモエ・エ・シャンドンのピンク。

いつの間に、、、?


「さっき。買い忘れ買いに行った時」


言葉に出してないのに、明里が笑う。


「最初の頃、いつになったら、他のシャンパンを選んでくれるんだろうって思ってたんだ」


細いグラスに注ぐと、泡が弾けて香りが鼻先をくすぐった。


「何か、あまりにも定番すぎて。今までも道具として使ってきたんだろうなって思ってたから。ティファニーとかカルティエのアクセサリーみたいに」


まあ、確かに。

これ持ってけば喜ぶっていう、刷り込みじゃないけど、そう思ってた。最初は。


「でも、1年経って、2年経って、思い出がシャンパンに染み付いちゃって。いつの間にか、このシャンパンが楽しみになっちゃった」


「うん」


「ハッピーバースデー。和樹。いつもありがとう」

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