第54話 054

時間が止まったのかと思った。


突然、知らない言葉の国に放り込まれたかと思った。


唇をそれ以上開く事も、閉じる事も出来ない。


1秒がめちゃくちゃ長くって、どうしよう、と、ただ思った。



だけど、


そんな時間は多分、2秒もなくて。


明里の冷たい視線はすぐに、画面に吸い取られていった。


冷えたマックのポテトとナゲット。


明里はゆっくりとビールを飲みながら、画面に魅入っている。



「ねえ、明里?」


「んー?」


ビッグマックの箱を開けながら、その横顔に声を掛けた。


「やっぱり寂しい? 離れてるの」


「うーん。思ってた程じゃないかな。ってゆーか、慣れちゃったし」


「堂島はさ、3連休とかすぐに帰ってるじゃん」

「いや、知らないけど。そうなの?」

「らしい。普通の土日は帰らないけど、連休は帰ってるって言ってたんだけどさ」

「ふーん」


明里は画面から視線を逸らさないままだ。


「俺は、連休も仕事とか、ゴルフとか、釣りとか、キャンプとか入れちゃうじゃん」

「でもまぁ、全部仕事でしょ?」

「そうなんだけど。よくよく考えると、そこまで詰め込まなくても本当はいいようなのも、ないわけじゃないし。3連休のどっかに一個でも予定入っちゃうと、他の日も帰って来ないのが当たり前にしちゃってるじゃん?」

「遠いしね。休みの日は休んでいいと思うけど。わたしは」


ビールの缶が空になったのか、ストーリーを一時停止にして、明里が立ち上がる。

そのまま無言で、キッチンに向かうと、赤ワインとグラスを二つ、持って戻ってきた。



「連休だからってそのたびに戻って来るからって、わたしは堂島くんの奥さんが羨ましいとは思わないよ。

堂島くんの噂は、そっちの支社の同期からもよく聞いてるし。

正直、気持ち連れて来れないなら、帰って来なくていいって思う」



置かれたグラスに、赤い液体が注がれる。

ん、とボトルを差し出されて、明里のグラスにも、同じくらい、同じ液体を注ぐ。



「堂島くんみたいに器用な人は、スマートでハンサムだから、すごく魅力的だと思うし、彼が悪い人だとは思ってないけど、

わたしは、和樹みたいに不器用で情動的な人の方が好ましいと思ってるから」



真意を測りかねて、明里の目を覗き込むと、少し困ったように傾けたグラスを俺のそれにカチリと当てた。



「ずっと伝えてるつもりだけど、わたしは和樹が好き。今一緒にいてくれてすごく嬉しいよ。和樹はどんな時も、気持ちが身体と一緒にある人だから」

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