第48話 048

「あー、やっぱ風呂広いのいいわー」


両脚の間に明里を置いて、久しぶりにバスタブに身体を沈めた。


「いつもお風呂入んないの?」


水で遊びながら、明里が言う。


「シャワーだねーずっと。狭いし。風呂掃除すんの面倒だもん」

「して貰えばいいのに」

「いや、誰に、、、」

「カノジョさん?」

「誰だよ。奈々かお前は」

「ナナ?」

「ほら、漫画の」

「あー! NANAのハチ! 幸子!」

「そう、それ。ってか、カノジョさんって。。。」

「カノジョさん」

繰り返した明里が、耐えかねたように吹き出す。

「そーいえば、あったね、昔」

「何が?」


振り向かないままの明里の髪を分けて、うなじに唇を落とす。


「付き合い始めの頃。ナイショにしてたじゃん?」

「まー、社内恋愛の醍醐味ですからね」


くすぐったそうに肩を揺らしながら、明里が続ける。


「誰だっけ。菜穂子かな? 社外の友達に合コンしてって頼まれてさ」

「そんな事あったっけ?」

「あったあった」

「覚えてねーなー」


嘘だ。バッチリ覚えてる。

初めて喧嘩した時の事。


「和樹、わたしに黙ってその合コン行っちゃってさ。すっごいサラっと嘘吐かれて」

「そーだっけ?」

「そうだよ。わたしすごいショックで。合コン中って分かってる時間に鬼電したじゃん」

「あー、、、だっけ?」

「そんでさ、和樹、焦ったんだか何だか知らないけど、合コン途中で帰ってさ」


めっちゃ覚えてる。

マナーモードにしてた携帯に20回くらい着信があって。

『刺すよ?』ってメールもついでに入ってた。

そら焦るわ。


「次の日菜穂子がめっちゃ笑って、『植原君のカノジョさん、めっちゃ怖いらしいよ。昨日途中で青くなって帰っちゃってさー。オレ様っぽいイメージなのに可愛いよね。ってゆーか、カノジョさんって誰なんだろ? 知ってる?』とか言ってて」


そうそう。

内緒だけど、社内に彼女いるから合コンの話は内密にって言ったのに。

ダダ漏れだったやつ。


「そのカノジョさん、はわたしです。って喉まで出たわ」

「言っちゃえばよかったのに」

「いや、無理でしょ。あの頃は。あんたと堂島くんと、3、4期上まではみんな寿退社候補筆頭だったもん。わたしが殺されちゃう」

「ないないない。もっと優秀な先輩いっぱいいるし」

「でも、堂島くんは、あんな感じじゃん? 対照的で、和樹、目立ってたから」


そう言って、明里は口元までお湯に沈んで、ぶくぶくとため息を吐いた。


「あんな感じって、、、」


沈んだ明里を引っ張り上げて、強引にこっちを向かせる。


「付き合い出して、結婚するまでずっと。毎日怖かった」


抱き寄せようとしたのに、バスタブの反対側に体育座りのように丸まって、明里が続ける。


「周りにはいつも和樹の事を好きな女の子がいて。わたしは年上だし」

「年上とか思った事ほとんどねーけどな」

「和樹って、デリカシーないから、元カノの話とかすぐするじゃん?」

「そうか?」

「そうだよ。その度に、ああ、わたしもいつか誰かにこうやって話されるんだなーって思ってたんだよ」


全然知らなかった。

そんな事を考えていたなんて。


「でも、あの時、和樹が、一瞬も迷わないで、結婚するって言ってくれたでしょ?」


顔を上げた明里が、真っ直ぐに俺を見つめる。


「あの時決めたんだ。わたしにしか出来ない方法で、一生和樹を守ろうって」

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