第44話 044
「よっ」
オフィスを代理に任せて直接支社に向かったら、思った以上に早く着いてしまった。
喫煙所で時間を潰そうとした俺の背中を、最近聴き慣れている声が叩いた。
「何? お前も早く着いちゃった系?」
振り向きざまに答えて、そのままiQOSを咥える。
「どーも時間が読めねぇ」
堂島も、iQOSを取り出して苦笑いを浮かべた。
「直で来たの?」
「お前も?」
「うん。何か、集合時間微妙だったし。うちの代理、優秀だから」
「知ってる。うちの代理も優秀だけどな」
お互いに笑って、煙を吐き出す。
「週末、家に帰ろうと思ってんだ」
堂島を見ないまま、宙に呟いた。
「やっとか」
堂島も、俺を見ないままで答える。
「お前も帰れよ」
「やだよ」
「ヤダってなんだよ」
「お前と違って俺は連休の度に帰ってるんだわ。いい夫だから」
「じゃあ今回も帰ればいいだろ」
「連休っつったろ」
「堂島オフィス長は休日動かないって有名だもんな」
「うるせぇ。お前が休日出すぎなんだよ」
「何してんの? 土日。仕事もせずに」
「彼女とデート」
堂島の言葉に、自然にため息が
「何だよ、何でため息なんだよ」
悪びれない様子で、堂島が笑う。
「いや、お前は悩みとか無さそうでいいな、と思ってるだけ」
「それ地味に傷付くんだけど」
「嘘付け。そんな繊細な奴は不倫とかしねーから」
「うわー、もっと傷付いた」
大袈裟に胸に手を当てて、笑い続ける堂島が、羨ましいとさえ思ってしまう。
俺もそれくらいあっけらかんと笑い飛ばしたい。
「お前は昔っから、浮気とか出来ないタイプだよな」
ため息に被せるように、堂島の目の色が変わった。
「何だよ、それ」
その目を真っ直ぐに見返す。
「お前、ここ数日、何かあったろ?」
試すような目線を変えずに、堂島の口元が歪んだ。
「何もねーし」
「いや、何かあったね。唐沢さん? 実はマジでデキてた?」
「なわけ」
「まあ、そうだよね。お前頭良いし、営業には手出さねーよなぁ」
「何もねーって」
「絶対あったね。俺には分かる」
堂島のしたり顔がいつも以上にムカつく。
「何が分かるんだよ」
「週末だからって嫁の機嫌取るような奴じゃねーって事は、よく知ってるからな。あと、用もねーのに、俺と飲む奴じゃ無いって事も知ってる」
「何だそれ」
「飲み会禁止のこの時期に、俺と2回も飲んで、しかも週末嫁サービス? 怪しすぎんだろ」
堂島の言葉に、素直に、ドキリとした。
「別に、嫁サービスが悪いとは言わねーよ。でもな、それなりの理由作っとかねーと。相手はあの明里チャンだぜ? サービスしたつもりが、泡吹かねーよーに気を付けろよ」
iQOSの吸い殻を灰皿に投げ入れて、堂島がくっくっと笑う。
先行くわ。
と、叩かれた肩が、
いつまでも痺れたように冷たかった。
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