第43話 043

「はい。これ、週末分」


部屋着のままのゆかりに1万円札を手渡して、くしゃっと髪を撫でる。


「ん」


少しいつもよりテンションの低い返事に、思わず口元が緩んだ。


「なに? 寂しい?」


長い髪を指先で遊びながら聞くと、

うん。さみしい。

と、素直な言葉が返ってきた。


「別に、いつでもラインでも電話でもしてきていいから。いい子にしてろ」


そう言って、柔らかい頭のてっぺんに唇を押し当てる。


じゃあな、


と、唇を離した途端、くいっとコートの胸元を引き寄せられた。


「ん」


と、ゆかりが目をつぶって唇を尖らせる。


「はいはい」


呟いて、その小さな唇に、無造作に自分の唇を押し当てた。


そのまま、唇を離して頭を撫でてやる、いつもの事だと思った。


そんな俺の動きを読むように、

ゆかりの腕が、コートの背中に回される。


不意を突かれて緩んだ唇の隙間から、吐息と舌が滑り込んで来た。


玄関のドアに、俺の方が背中を押しつけられている。


気が済むまでそうさせておこうと、体重をドアに預けたまま、目を瞑る。

されるがままになっている俺を、少し煽るみたいに小さな舌が絡み付いてきた。

いつからだろう?

冷静にキスが出来るようになったのは。


中学生になりたての頃は、まだ、唇が触れるだけのキスでも、頭の中が真っ白になっていた気がする。


今みたいに、キスが情報収集のように感情を伝える以上の役割を持つようになったのは、大学生の頃?


ぼんやりとそんな事を考えていたら、少し不満げに濡れた音と共に、ゆかりの唇が俺のそれから離された。


「何考えてるの?」


眉毛をハの字にしたゆかりが、俺を覗き込む。


「ごめん。ちょっと昔のこと」


苦笑いで答えると、ふっとゆかりも笑顔を見せた。


「ちゃんと帰ってくる?」


唇は離してくれても、腕はまだ背中から離れようとしない。


「日曜日の夜、戻ったら一緒にドライブしようか?」

普通とは逆に、根本だけ明るく色の変わった髪を、優しく撫でる。

「ドライブ?」

「うん。夜桜、綺麗だと思うから」

「でも、今日から雨だよ? 桜散っちゃうよ」

「んー」

まだ緩む気配のないゆかりの腕に、少し考え込む。


「じゃあ、桜が散りそうだったら、早く戻ってくる。桜を見る約束は、ゆかり優先。それでいい?」


早く戻る気は全く無かったけれど、そう言って笑いかければ、ゆかりが満足する事は分かっていた。


案の定、緩んだ腕から抜け出して、ドアノブに手を掛ける。


「いい子にしてろよ」


ろくに振り返らずに、外へ抜け出す。

鍵のかかる音を背中に受けながら、

ほんの少しだけ、寂しいような気がしていたる自分もそこに、置き去りにした。

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