第42話 042

別れるか、結婚するか、

と、迫られたあの日。

明里は言った。


正直、恋人でいるのはもう辛い。仕事だって分かってるし、疑ってるわけじゃないけど、恋人としての和樹を待つことはもう出来ない。

だけど、家族としてなら、待てる。


と。



何が変わるわけじゃない。

役所に紙を一枚提出するだけだ。

もちろん、色々なことが変わるし、色々な事を書き換えなきゃいけないけれど、だからといって、お互いの中身が変わるわけじゃない。

それでも、その一枚の紙が重要な何かだった。

明里にとっては。



それは、とても重要な、何かだったのかもしれない。


俺が思っていた以上に。




「ゆかり、起きてる?」


もう当たり前のように同じ毛布を被ったまま、隣のゆかりに話し掛ける。


指先も触れない距離を保って横になる俺の方に顔だけを向けて、ゆかりは、起きてるよ、という合図をくれた。


「明日からさ、俺ちょっと、日曜の夜まで帰ってこないから。お前は適当に生きてて」


天井を見つめたまま、そう言う。


「わかった」


ゆかりも、姿勢を変えないままそう答えてくれる。


それ以上、何も言葉が出てこなくて、しばらく、お互いの呼吸の音だけを聞いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る