第37話 037
「え? 柏原社長?」
「そう」
「神谷さんの?」
「そう」
二日と開けず、堂島と待ち合わせをした午後6時。
コロナの影響が出始めている事もあって、職員には下ろせない情報の共有と、まだ慣れないもの同士の慰め合いが今日のテーマだろう。
いつもなら、こんなペースでオフィス長同士が飲む事なんてないのだけれど、業務関連で電話をしたら、どちらからと言う事もなく、こんな場になってしまっていた。
「あー、癖あるよね、あの人。会ったの?」
週中日という事もあって、お互いに長居はしたくない。
最初から焼酎でペースを上げにかかっていた。
「昨日。取り敢えず挨拶ってなって」
「あの人いつも急なんだよね。神谷さんのイトコ? の嫁さんの叔父さん?とかなんか、遠縁らしいんだけど」
「うん。聞いた。とお!って思った」
「それな」
取り敢えずの世間話は、お互いに交換し合った営業員との近況で始まる。
「笹崎さんの法人えげつなくて、お前あれ全部同行してたの?」
堂島も、俺にとっては馴染みの深い名前を出して話し始めた。
「まさか。あの人はもう、放置。ちょちょっと口出すくらい」
「だよね」
もう10年20年選手の営業員の話を続けながら、お互いに聞きたいことは中々口に出せないまま、1時間が過ぎようとした頃、
堂島がふっと息を吐いた。
「なに?」
すかさず顔を上げた俺に、
「ごめん」
堂島の表情が曇る。
「なんだよ」
あまり、と言うより、一度も見たことのない堂島の表情に、グラスを置く。
「唐沢紗英さん、まだ一度も出社してない」
俺とは逆に、グラスの中身を喉に流し込んで、堂島が自嘲気味に口元を歪めた。
一瞬、間が空く。
予想はしていた。
いや、そこまでちゃんと考えていたわけじゃないけど、もしかしたら、あり得るとは思っていた。
「いや、、、それは、お前じゃなくて、俺が謝るところじゃね?」
堂島の代わりに、テーブルのボタンを押す。
「いや、まあ、そうかもしれないんだけど、もう一応、俺の営業員だし」
すぐに来た店員に、同じの、と伝えてから、座り直した堂島がため息を吐いた。
「一度もって、でも、まだ3日目だろ? てか、初日電話してなかったっけ? 理由は?」
「一応、子供が体調不良って事にはしてる」
「え? してる、、、って?」
「代理のラインに『休みます』って入ってくるだけ。実は俺、あの後まだ一度も話せてない。あの時話してた契約もどうなってんのか分かんねーし。電話しても出てくれてなくて」
「。。。あのバカ。。。」
今度は俺がため息を吐いた。
「なあ、唐沢さんって、あの子で間違い無いよな? 入社した時支社長がめっちゃ気に入ってた、1年目、グロス1位取りまくってた、、、」
「そう。その唐沢さん」
「招宴旅行でお前のこと襲ったってゆう、、、」
「襲われてないから!!」
「清楚系の、、、」
「ん、まあ、パッと見はね」
さっきよりも大きなため息を吐いた俺に、堂島が気まずそうに言った。
「一生のお願い。植原、彼女に電話して説得してよ。一度も会えずに辞められたら俺、マジで凹む」
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