第30話 030

前の営業所に、占いだのなんとかカードだの、スピリチュアルなことが大好きな営業員がいた。

その人がよく言っていた。


いい事も悪い事も、切っ掛けを引くとしばらく続く。断ち切るまではその運気。耐えるのも大事。



今の俺は、

完全に、負のループの中にいる。


そんな事を思うのは生まれて初めてかもしれない。

いや、そんな気分になる事は時々あった。

だけど、良くも悪くも、眠れば忘れる、と言うか、飯を食えば忘れる性格たちだし、切り替えは早い方で、二日も三日もそのネガティブを保ち続けられなかった。

そういう意味で、

生まれて初めてかもしれない。


遠くまで続くテールライトが、負の道標にすら見えてくる。


ワンセグで届くニュースも、コロナの事ばかりで、終わりが見えそうもない。


窓を少し開けて、iQOSを取り出す。


テレビを切って、Bluetoothに切り替えると、唐突に、かなり昔流行った歌が流れてきた。

そう言えば、ダウンロードした覚えが無いわけじゃないその歌に、舌打ちをしてオーディオを電源から切る。


愛車にすら裏切られた気分で吐き出す煙は、いつもよりも味がしない。

無性に紙タバコが吸いたくなって、ウインカーを出すと、追越車線から離脱した。


コンビニまでは、もう少しある。


こんなドライブ時間が一番の癒しだと思っていたし、それは今も変わらないけれど、今この瞬間は、一人だと感じれば感じるほど、焦燥感が募って、いてもたってもいられない。


こういう時、人は、誰かに側にいて欲しい、と思うんだろうか?



明里と結婚する事になった、と報告した時、俺の友だちは、誰もが驚いた顔をした。

「子供出来たのか?」と、聞かれることがほとんどだった。

「お前が一番遅いと思ったのに」もしくは「お前は結婚しないと思ってた」とも言われた。

そして、

「何で結婚する気になったの?」

と、みんなに聞かれた。

別に俺は、独身主義を公言してたわけじゃないし、そのうち誰かと結婚するだろうとは思っていたのに、だ。

「親が病気なのか?」というような事を聞かれた事もあった。

両親はすこぶる元気だし、例え病気だとしても、兄貴と姉貴がもうとっくに孫を抱かせているのだから、俺の先行きなど大して気にしてないだろう。末っ子次男なんてそんなもんだ。

というか、両親でさえ、驚いていたんだから。


まぁ、自分が一番驚いていたっていうのも、あながち外れじゃないんだけど。


当時の俺は、今の俺と真逆の心理状態だったと、今なら分かる。



とにかく一人の時間が欲しかった頃だった。

一人になりたいと思いながら、手帳に空白があると、焦っていた頃。


仕事とプライベートがゴチャ混ぜになって、明里と一緒に居ても、仕事が頭から離れなかった。

約束をすっぽかす事に何の罪悪感も覚えなくなった頃に、明里から話がある、と呼び出されたんだよな。

別れ話だろうと思った。

俺、振られるんだな、と思いながら、待ち合わせ場所に向かった。

別れる。と、思うと、少し寂しい気がしたのを、覚えている。

明里のどこが好きなのかを、彼女を待ちながら考えていた。

まず、顔が好きだった。

背が高いところも、わりと好きになっていた。それまでの俺は、小さい子としか付き合ってこなかったから、抱きしめた時に鼻に触れる前髪は新鮮だった。

少し首を傾げればキスが出来る距離。

守るように腕の中に閉じ込めるセックスじゃなくて、対等だと思えるセックスも、心の底から楽しかった。

どんなに忙しくても、面倒だと思わない相手は初めてだった。



待ち合わせ場所に現れた明里が俺を促したのは、何度も二人で来た焼肉屋で、別れ話に焼き肉って、、、と、苦笑したのも懐かしい。


席に着いて、ビールと一通りの肉をオーダーした途端に、明里は話を切り出した。


「酔っ払う前に言っとくね。今日の本題」


さすがだと思った。

明里はそういう女だ。


「うん」


押され気味に頷いた俺に明里はキッパリと言い放った。



「別れるか、結婚するか、今決めて」



そして俺は、即座に



「結婚します」



と、答えていた。

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