第27話 027
日常に戻りたくて、エスプレッソマシーンの電源を入れた。
乱雑にタオルで拭いただけの髪から、たまに滴が落ちて、
それが肩を濡らしていた。
いつもよりも濃いコーヒーを流し込んだら、全部元通りになる気がしていた。
何が「元通り」なのかも分からないのに。
ゆかりは、何も言わずにボンヤリとテレビを眺めている。
今日も新型ウイルスの話題ばかりで、何の面白味もない。
昨日の感染者、東京都で17人。
急速な感染拡大の危機、と、アナウンサーは繰り返し唱えているけれど、会社からの規制文書がなければ、実感のようなものは全然ない。
もっと他のニュースねーのかよ。
と、思ってしまう俺は『危機感のない若者』なのかもしれない。
「カズキ、髪の毛乾かさないと、風邪ひいちゃうよ?」
ゆかりとテレビを同じフレームに捉えていた俺に、不意にゆかりが言った。
「ああ、うん」
出来上がったコーヒーを飲みながら答える。
俺の答えを聞いてから立ち上がったゆかりが、ゆっくりとこちらに来た。
目の前に立って、背伸びをして手の中のマグカップを覗き込むような仕草をする。
「コーヒー、飲む?」
そのつむじに尋ねる。
「うん。飲む」
「え? 飲むの?」
意外な返事に聞き返すと、
「え? ダメなの?」
と、ゆかりの目が、俺の目を真っ直ぐ見た。
「いや、何か、コーヒー飲めない、とか言いそうだと思ってたから」
素直にそう答えると、一拍おいて、ゆかりが吹き出した。
「なにそれー! 飲むし。なんならブラック派だし」
心底可笑しそうに笑いながら、スッと俺から離れて、ソファーの方に向かうと、
「ついでに言うと、タバコも吸うよ」
さっき放り出したままにしていたiQOSを拾い上げて、笑顔のまま、振り返った。
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