第25話 025

午前5時40分。


1回目のアラームよりも、5分早く目が覚めた。


携帯のその後のアラームを全てオフにして、ベッドの中で瞬きを繰り返す。


ゆかりは、壁に向かって縮こまったまま、寝息を立てていた。


あの後、どうやって眠ったのか、よく覚えていない。

すぐ寝たような気もするし、しばらく眠れなかったような気もする。

ゆかりの呼吸を数えながら、天井を見ていたはずが、気付いたら、今だった。


多分、寝返りも打てずにいたんだろう。

身体中の筋肉が、骨に張り付いたように硬くなっている。


大きく息を吸って、大きく吐き出して、借り物のような身体を伸ばすと、ゆっくりと、ベッドから抜け出した。

身体の違和感とは真逆で、頭はスッキリしていた。


空気が、ここ数日で一番冷えているせいかもしれない。


いつも通りに、炭酸水を作って飲みながら、iQOSを吸う。

朝一番のiQOSは、いつも不味い。

今日こそ、止められるかもしれない、と、毎朝思う。

もちろん、止められるわけがないんだけれど。


リビングのカーテンを開けて、テレビを点けて、ダイニングに戻ってソファーに座る頃には、身体が自分のものに戻り始めていた。


ニュースを耳だけで追いながら、ぼんやりと自分が吐き出した煙を見ていると、スウェットのポケットの中で、携帯が震え始める。


「おはよ」

毎日同じ時間のコール。

『起きてた?』

いつもと同じ声が耳元で響いた。


「うん。なんか寒くて、すんなり起きた」

『珍しいじゃん。おはよう』

「昨日、堂島と飲んで帰って、何か寝付けなくてさ。寝不足なハズなんだけど、起きちゃった」

『堂島くん』

明里がそう名前を繰り返して、ふふっと笑う。

『彼も元気? 相変わらず仲良いんだね』

「仲良くねーよ」

『はいはい。まぁ、飲み歩く元気があるなら大丈夫だね。ってゆっても、全社的に、集会、歓送迎会禁止なんだからね? ハメ外さないでよ?』

「分かってるって。今週のエリア朝礼も無くなったし、ちゃんと分かってますって」

母親のような物言いをする明里に、思わず眉をしかめる。

『あ、今、めんどくせーな、こいつ。って思ったでしょー?』

しかも、言い当てられた。

「思ってねーし。ありがたいなー、と思ってますよ? 嫁に愛されて、幸せだなー、俺! って思ってるところ!」

気付いたら冷め切っていたiQOSを放り出して、ソファーに仰向けに転がって、


『嘘くさー!』


そう言う明里の声が、突然、遠のいた。


ゆかり


思わず、口にしそうになって、慌てて唇を結ぶ。


寝室のドアのところに、寝ぼけまなこのままのゆかりが、ぼんやりと立っていたのだ。


『もしもし? 和樹? もしもーし?』


会話の続かない俺を、電話の向こうで明里が呼んでいる。


俺は、それに答えられないまま、中途半端にソファーに身体を預けた格好で、

人差し指を唇に当てた。


ゆかりは、何も言わずにコクリと頷いて、静かに俺の前を通って、リビングの方に歩いて行く。



『和樹くーん? もしもしー? 電波悪いのー?』


手の中のiPhoneの向こうでは、明里の声が、俺を呼び続けていた。

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