第19話 019
初めての約束を守る事はできなかった。
午後8時。
俺は、前のオフィスのオフィス長になった、今のオフィスの元オフィス長と向かい合って座っている。
「マジないわー、この人事」
「それな」
「何の意味があんの?」
「俺に聞くな」
今回の移動は完全に異例人事だ。
同期入社の俺と
オフィス長に上がったのも同じ時だったし、成績でもどっこいどっこい。
今はどっちが先に営業部長に上がるかで、競っている。
今回、オフィスを交換するという人事は、明らかに、俺と堂島の実力比べの為の舞台でしかない。
お互いに分かっている。
分かっていて、言わない。
「どうだった? 初日」
ビールから焼酎に変えたグラスを傾けながら、堂島が伺うように切り出した。
「んー、まぁ、別に。特別変わった事は無かったかな」
俺も、最後にするビールを飲み干す。
「何かさ、要注意人物とかいないの?」
もう食べ残しのようになったタコワサを摘みながら、堂島は同じテンションで続けた。
要注意人物。
そう聞いて浮かぶ顔は一つしかなかったけれど、それを伝えるほど、俺はお人好しじゃない。
「逆にお前から何かないの? 扱いにくい職員とか」
「やー、みんな自分の事しか考えてなくて、やりやすいよ」
テーブルに置かれたボタンを押して、堂島が笑う。
追加の酒を頼んで、話は新型コロナに移る。
営業どうする?
飛び込みは当面やめさせないとだろ。
そんな話をしばらくした頃、堂島の携帯が鳴った。
「あ、わりぃ。職員だわ」
画面を見て、堂島が右手で「すまん」のジェスチャーを作る。
どうぞ、と、俺も手を出す。
「はい、堂島です」
平静を装って会話を始める堂島を、何となく距離を感じながら見る。
「あー、うん、それは健診出さないとダメだよ。再検査してないんでしょ? だったら数字で判断してもらうしかないもん」
いかにもありがちな会話に、少しホッとして、届いたグラスに口を付けた。
ビールとはまるで違う、温度のある液体を喉に押しやった時、
「大丈夫、紗英さんならいけるって! 報告待ってるから!」
堂島の声が、言葉が、
直接脳に突き刺さった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます