第16話 もっと自由で

「いや、誤解です。誤解ですから……」


「そうですよ!」


 俺と譲葉は、二人で周防のお母さんに弁明を試みる。


「うぅーん……」


 すると、それを遮るようにして、背中から唸り声。


「あれ、私……」


 周防が俺に背負われたまま起床した。

 もうちょっと早く起きてくれれば苦労しなかったというのに。


 まぁ、何はともあれこれで周防母へ説明できる。


「何でおぶられてるの。え、なにこれ。怖い。え?」


 しかし、周防は寝起きということもあり、自分の状況が全くもって理解できていないようだった。


「ってか夜船! 何処触ってんの!?」


 多分、周防が今まで出した声で一番大きな声だったと思う。

 明らかに周防は恥ずかしがって赤くなっていた。


 まぁ、背負う関係上ちょっと際どいところを触っていたのは否定しない。でも、じゃあファミレスのテーブルに放置すりゃ良かったのか。


「お前、俺がどんだけ苦労して背負ってやったと思ってんだ……」


「……え。私、重い?」


 周防の顔から血の気が引いていく。まぁ普段から寝てばかりだし、太る心当たりも結構あるだろう。


「周防っていうか、人間って運ぶのに向かないわ」


 乗り物を作った先人達の偉大さを改めて認識しました。


「というか降ろしてほしいんだけどっ」


 周防が背中で暴れだす。


「やっぱり無理やり連れられてたのね!?」


 背中の周防が騒ぎ出したかと思ったら、今度は正面の周防母が騒ぎ出した。娘の反応から勘違いに拍車が掛かっているらしい。


「降ろすからちょっと待ってくれ。安全に降ろすから!」


 そして。

 降ろした後、俺と譲葉は二人に丁寧にこれまでの経緯を説明した。

 話を理解すると、周防はバツが悪そうに母親から目を逸し、その母親は腰を悪くしそうな程の勢いでペコペコ頭を下げた。


「本当にうちの娘がご迷惑をおかけして。すいません」


「いや、まぁ、気にしないでください」


 確かに迷惑だったと言えば迷惑だったが、だからといって親に頭を下げられてもどうしたら良いのか分からなくなる。


 結局、周防母に見送られながら、俺と譲葉は帰路についた。

もう夜も遅い時間になっている。流石にお腹も減って、半月がたくわんに見えてきた。家に食べ物は何があっただろうか。


「いやー大変だったね」


 隣で、譲葉が笑う。


「明日は筋肉痛だな」


「よく頑張れたよね」


 俺の体力を皮肉っている……というわけではなく、譲葉は素直に感心しているようだった。


「まぁ、そうするしか無かったからな」


「大好きな周防さんのためだもんね」


「大好きとまでは言ってない」


 今更ながら、好きとか言ったのを後悔してきた。

 譲葉と付き合いがある限り永遠にこのネタは使われそうだ。


「……前にも言ったけどね、圭くん」


 それは、今までよりずっと真面目な声色だった。

 俺は『前』というのはこの前のテニスコート前での話だろうと理解する。


「私は何よりも『好き』という気持ちは裏切らないと思うんだよ。裏切らないというか、自分が裏切れない」


 譲葉はこの話をしながら、何を思い浮かべているのだろう。


 俺は前にこの話を聞いた時、彼女はカメラが好きなんだなぁと思った。多分それも決して間違いではないんだろうが、今の俺からすると、冴島先生の話にしか聞こえない。


 考えてみれば、女子テニス部を撮影したのも、顧問の冴島先生を撮りたいという下心があったのだろう。

 でも、それが彼女の原動力なのだ。


「圭くんもね、もっと好きなことをしたほうが良いと思うよ。もっともっと、自由でも良いと思う」


 自由。


「まるで俺が自分から勉強していないみたいな言い草だな」


「勉強が好きなら、それでも良いんだよ。要は発想を自由にしたらって話。もっと色々なものに興味を持ったらって提案だよ」


 譲葉から見ると、俺は不自由に見えるだろうか。


 自分の生活をわざわざ縛って、無理をする俺。ルールに縛られず、恋愛を謳歌する譲葉。

 正しさはともかく、自由さで言えば勝敗は明白だった。


「自由って意味では、周防も相当なもんだよな」


 ルールに縛られないという意味では、周防はあまりにも型破りだ。

 俺たちの通う進学校において、居眠りする奴は居ても、堂々と毎時間睡眠を取るやつはアイツ以外に知らない。


「寝るのが好きなんだろうね」


「そういや『休むこと程素晴らしい行為は無い』とか言ってたな」


「まぁあれは好きが高じすぎだと思うけど」


「譲葉も人のこと言えないからな」


 じろりと睨んでるやると、譲葉は正面から俺の目を見た。


「まぁ、確かに」


 認められてしまうと、こっちとしてはこれ以上何も言いようがない。

 仕方がないので黙っていると、街灯の下で譲葉が微笑むのが見えた。


「本当に、周防さんと仲良いんだね」


 今の譲葉の瞳には、からかうような色は見られない。彼女からすると、俺と周防の関係はそんなふうに見えたんだろうか。


 確かに周防のことを結構好きだと言った俺だが、仲が良いかと言われると話は別だった。俺と周防は睡眠に関しての妙なつながりはあれど、話すようになってからそう時間は経っていない。それに、互いのことをあまりに知らなさ過ぎる。


「どうしてそう思ったんだ?」


「なんか、気を遣ってないっていうか」


 そういう話なら、心当たりはある。周防には睡眠不足という自分の最も大きな弱点を知られてしまっているから、気を張る必要が無いのだろう。


「そうかもしれないが、別に仲がいいって訳じゃない……と思う」


「まぁ、二人の関係は何でも良いんだけど、ごめんね。なんかこう、周防さんのこと、勝手なイメージで話しちゃって」


 譲葉は申し訳なさそうにしていたが、俺は今となっては全く気にしていなかった。冷静に考えれば、俺だって周防と話す前なら似たようなことを思っていただろう。それどころか、怠け者の周防は嫌いな部類に入る人間だった。


「周防も気にしてないだろうし、別に気にしないでくれ。むしろ反応した俺がガキというか、恥ずかしいくらいの話だ」


「……それで仲良くないって言う方が難しいと思うけどね」


 譲葉が、けらけら笑う。

 言っている意味はよく分からなかった。


「どういう意味だ?」


「分からなくて良いよ。じゃあ、ここ、曲がるから」


「お、おお」


 譲葉が手を振りながら去っていくので、俺も軽く手を振って応じた。


「あ」


 気づけば、俺はとうに自分の家を通り過ぎていた。

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