第14話 ファミレスで爆睡

 よく見てみると、周防の頬は真っ赤だった。

 これは、聞かれてたな。さっきの話。


 譲葉に言った時はそうでもなかったのに、本人に聞かれたという事実が判明した途端、急に恥ずかしくなってきた。

 えっと、何を言うべきか。


「譲葉……さん? だっけ」


 俺が何か言葉を発する前に、周防の視線が譲葉の方へ向かう。周防の態度からして、二人は特に話したことはないらしい。まぁ、だからといってクラスメイトの名前に疑問符がつくのはどうかと思うが。


 そういえば、周防に饅頭を渡す時、譲葉がメモで連絡をしていると言っていた。冴島先生繋がりで三人になることはあっても、二人になることはないということか。

 そもそもこの二人の関係、冴島先生といい空き教室といい、隠さなければならない事だらけである。


「私は健二も夜船も別に何とも思ってないから」


 何を言い出すのかと思ったら、周防の主張は簡潔で、当然のものだった。まぁ、そりゃそうだ、って感じ。


「私があの部屋を使ってだらけてるのは知ってるでしょ?」


 話を続けながら、周防は自分の座っていた席を立ち、俺の隣に座った。


「ひょんなことからそれが夜船にバレて、私が寝てる間自習室として使っていいって条件で口止めしてるわけ。想像しているようなことは何もないよ」


 どうやら周防は眠れなくなっていることをなるべく隠したい俺の気持ちを汲んでくれたようだった。

 周防……良い奴。


「そっかー、結局、勉強してたんだ。圭くんも頑張るね」


 譲葉はこの説明で納得した様子だった。初めからこういう風に誤魔化せばよかったのに、焦ったせいか全く思いつかなかった。


「そうそう。勉強だよ勉強。負けてられないからな」


 周防に合わせて、俺も適当な相槌を打つ。


「負けられないって、あの幼馴染?」


 すると、横から周防が聞いてきたので、俺は頷いた。


「何でそこまで執着するのか、私には理解出来ないんだけど」


 周防は心底呆れたような顔でコーラを飲む。どうやらこいつもドリンクバーを注文していたらしい。


「別に面白い話は一つも無いけどな。単純に、昔から近所に住んでて、親が仲良くて。家族ぐるみの付き合いみたいな……。それで、ずっと比べられてきたんだよ。勉強もスポーツも、何もかも俺は負けてたけど」


「勝つために頑張ってるってこと?」


 周防の質問に、俺はなんと答えるべきか、ちょっと分からなくなった。俺は、勝つために頑張っているのだろうか。


 俺はとにかく、ずっと置いていかれないように必死だったのかもしれない。それ程に俺と彩華には明確な力の差があった。


「……よく、分からない。何かもう、頑張って、頑張って、ひたすら頑張って、彩華と勝負するのが当然みたいになってたから。この高校に入ったのだって、彩華と張り合って『同じ高校を受けて、試験の点数で勝ってやる』って感じで決めたし」


「それで遠くから越してくるって、やっぱり私は圭くんと彩華さんがただの幼馴染だとは思えないんだけどなぁ」


 譲葉の言うことは尤もだった。

 本当に、異常だ。俺は。


「俺は、多分、止め時を失ったんだよ」


「止め時?」


 譲葉も周防も、首を傾げていた。


「比べられてきた、って言っただろ。でも別に、皆彩華を褒めそやして、それで俺があいつへコンプレックスを持ったとか、そういう話でもないんだ。自分で言うのも何だけど、天才を努力で越えようと頑張る奴って、結構応援されるもんだよ。美談だなんだってさ。それで、応援されるうち、彩華へ降参するタイミングが分からなくなった」


 親も、周りも、彩華本人でさえ、俺を応援していた。頑張れ、お前は努力が取り柄だ。頑張れ、と。


 言われるがままに頑張った結果、眠ることも出来ずに周防の世話になっているんだから、俺という奴はどうしようもない。しかも、そこまでして彩華にはきっぱりくっきりと敗北し続けているし。


「そっか。圭くんと彩華さんが勉強でライバルなのは知ってたけど、そこまでは知らなかった」


 譲葉がうんうんと頷いて、ドリンクのおかわりを取りに行こうとしたのか、立ち上がる。数歩進んで立ち止まると、少しだけ俺の方を振り返った。


「圭くん、いつになく饒舌だよね。……周防さんが居るからかな」


 からかうような笑み。

 俺は特に気にしなかったが、周防からは結構怖い顔で睨まれた。文句があるなら譲葉に言ってくれ。


「……なんでこんな所に居るの」


 どうやら、周防が怒っているのは別件らしかった。


「いや、空き教室に行ったら、鉢合わせてしまったというか」


「譲葉さんに?」


「プラス冴島先生」


 自然と、俺は苦笑を浮かべていた。俺の微妙な表情から大体の状況を感じ取ったのか、周防は呆れたように自らの癖毛を撫でた。


「そーゆーことね。で、譲葉さんに何で空き教室に行ったのか聞かれたわけだ」


「そうそう。滅茶苦茶驚いたぞ。先生がまさか……」


「なんていうか、健二って馬鹿だよねぇ」


 周防は、譲葉の置いていった鞄を眺めていた。合成革が太陽光で煌めく。


「馬鹿っていうのも違う気がするけど、流されやすいのは間違いないな。でも、授業もわかりやすいし、俺結構冴島先生のこと好きだからさ。俺としてはあまり問題にしたくないな……」


 周防はどう考えているのだろう、と思い隣を見ると、周防はまた俺を睨んでいた。

 あれ?

 事情は説明したはずだから、怒る理由なんて無くないか?


「夜船ってさぁ……」


「な、何でしょう」


「結構気軽に『好き』とか言えちゃう人?」


 急に何だその質問。

 そう思ったが、瞬間、さっきの『周防が結構好き』発言を思い出す。あまり意識していなかったが、そうなのかもしれない。


 周防に何か誤解されるのも嬉しくないし、正直に答えよう。


「そうかもしれないな。特に意識したことなかったけど」


「あーそーですか。まぁ別に良いんだけどねぇ」


 言いながら、周防はテーブルへうつ伏せになった。丁度、授業中に寝ているのと同じスタイルである。


「そのまま寝るなよ」


「分かってる」


 周防のどこか投げやりな返事を聞きつつ、烏龍茶を飲む。話しすぎたせいか、喉が乾いていた。


「あー眠い」


 周防がいつも以上に覇気のない声を漏らす。


「今日だって授業中は寝てただろ。何でそう眠くなるんだ」


「この時間帯は、私にとって睡眠時間なんだよ。それを用事があるから頑張って起きてるわけで……ふわぁぁ」


 全く、周防はなんて怠け者なんだろうか。しかし、それでもぶっ倒れる俺よりかはマシな生活態度だと思われるので、強くは言えない。

 とはいえ、ここで寝られるのは御免だった。

 だって、どうしたら良いのかわからない。


「取り敢えず、ここで寝ないでくれよ」


「うん……」


 まるで疲れた子どもを連れる父親の気分だ。そんなことを思いながら烏龍茶を飲み進めると、すぐにコップは空になった。今度は温かい飲み物が欲しい。


「周防、ちょっとどけてくれ」


 席順は、俺が窓側で、後から入ってきた周防が通路側。だから、俺が立ち歩くには周防にどけて貰う必要があった。


「……」


 しかし、無視。

 周防は俺の発言を無視した。


 というか、微動だにしない。

 どうやら周防が無視したのは「どけてくれ」ではなく「寝ないでくれよ」という発言の方だったらしい。


 彼女は寝ていたのだ。それはもう、ぐっすりと。


「圭くん、どうしたの?」


 ドリンクバーから戻ってきた譲葉が、微妙な体勢の俺を不思議そうな顔で見る。


「どうしような、本当に……」


 俺が困り顔をして見せると、譲葉も周防の様子に気がついた。


「え、寝てるの?」


 俺が頷くと、譲葉はただただ周防をじっと見た。


 静かなファミレスの店内。周防の微かな寝息が、外の喧騒に混じる。

 さて、どうしたものか。

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