第3話 空き教室3の秘密

 放課後。本来ならば学校に残って自習をしている時間だが、今日は違う。好奇心に負けた俺は、空き教室3の前に居た。


 しかし、肝心の周防の姿は見えない。


 俺は今日掃除当番があったので、到着は遅れた。だから、恐らく周防は待ちくたびれているんじゃないかと予想していたのだが、そういう訳でもないようである。


「もしかして、からかわれたとか?」


 空き教室3の扉の前、独り言。空き教室は俺が普段通っている教室と構造は変わらないようだが、前後二つある引き戸の入り口はどちらも暗幕が張られており、中の様子は分からない。


 管理棟四階には、空き教室が四つある。そのどれもが、現在我らが葉山高校では使用されていない。それもそのはず、葉山高校はここ十数年で受験生からの人気が大きく下落しており、全盛期一学年に九つあったクラスは、五つに数を減らした。

 人が多かったときは、色々必要だったらしいが、今となっては無用の長物。むしろ処遇に困っている感じすらあった。


「中には何があるんだろうな」


 一般生徒はまず空き教室に入ることはない。少女の霊が出るとかくだらない噂が出る程関わりが薄いので、俺もこの教室は人並みに興味があった。


 折角だから、今、周防を待っている間、確認してみようか。

 扉に手をかける。


 まぁ、流石に俺と同じような思考の奴も居るだろうし、がっちり施錠されているんだろうなぁ。


「……ん?」


 扉はいとも簡単に開いた。

 心地のいい風と共に、暗幕がぶわっと広がって、向こう側の景色が見えてくる。

 ちゃぶ台。

 布団。

 湯沸かし器。


「おー、夜船。待ちくたびれてたんだけどぉ」


 そして、布団の上に寝転がっている周防。


「周防、何だこの部屋」


 頭が真っ白になって、ようやく絞り出せた言葉が、それだった。

 しかし周防はそんな俺の精一杯の質問を無視する。


「気づかれると不味いから、早く扉閉めてよ。鍵も掛けちゃって」


 言いつつ、大きな口を開けてあくびをする周防。取り敢えず言われるがままに扉を締め、鍵をかける。暗幕もしっかり閉じておいた。


「さて、夜船。自分が何でここに呼ばれたか、分かる?」


 ゴロンと布団に横たわって、周防が仰向けで俺を見上げた。

 俺はメモの『空き教室3』とはその部屋の前だと思っていたのだが、どうやらそのまま部屋の中で待ち合わせというのが正解だったようである。


「それよりこの部屋は?」


「私の部屋」


 即答だった。よく見ると、通常の教室ならば本来資料や辞書が入っているはずの棚には、食器やお菓子がある。それどころか、隅の方には小さな冷蔵庫。好き勝手使っている感満載の部屋だ。


「で、何で呼ばれたのか分かる?」


 周防は何が何でも早くその話がしたいらしかった。俺はこの部屋がどういう経緯で周防に私物化されていたのかを聞きたかったのだが、彼女としてはあの一言で説明は終了らしい。


「全く見当もつかない」


「あー、そっかぁ。まぁお茶でも飲みながら話そうよ。お湯は沸いてる?」


 お菓子や食器の入った棚の上。湯沸かし器は白い湯気を出して、しゅうしゅう音を出している。


「多分沸いてるんじゃないか?」


「そう」


 沈黙。

 湯沸かし器が切なげにしゅうしゅう音を出す。沸いてますよ、お茶を淹れるならお早めに! とアピールしているようだ。


「あ」


 周防が何かに気づいたように、短く声を出す。


「私緑茶ね。急須もティーバックもここに入ってるから」


 寝転がったまま、棚を指差す周防。

 お茶でも飲みながらって、俺が淹れるのかよ。


「……まぁ、良いけどさ」


 一人暮らしをしている関係上、こういうのはちょっと上手くなった。棚から諸々を取り出し、ちゃぶ台でお茶を淹れる。緑茶のいい香りが部屋に漂ったら、段々精神が落ち着いてきて、俺は何をやっているんだろうという気がしてきた。


「やー、どうもどうも」


 周防はゆっくり起き上がって、ずずっとお茶を啜った。落ち着いたという風に、ほうと息を漏らす。とろんとした瞳は、今にも眠りに落ちそうだ。


「寝るなよ」


 一応言っておくと、周防はへらっと笑った。


「寝た方が良いと思うけどね」


「お前はずっと寝てるだろ……」


 永遠に寝ているつもりなのか、と呆れていると、周防の表情が変わる。


「私の話じゃなくて、ね。夜船だよ」


 周防はちゃぶ台から身を乗り出して、互いの鼻先がくっつきそうな程近づいてきた。そして眼科医が検診をする時のように、二本の指で俺の目を開く。


「充血してる」


 柔らかそうな唇が開いて、囁くような、こそばゆい声を出す。周防は至って真面目そうな顔で、俺の顔を見ていた。


「目の下には隈。顔色もあんまり良くないね。別に私は専門家ってわけじゃないけ

ど、逆に言えば素人目にも、夜船は体調が悪そうだよ」


「大丈夫だ。そんな話をするために呼び出したんなら、帰るぞ」


 痛いところを突かれて、俺はとにかくこの会話を切り上げたくなる。しかし、周防はそれを許してくれなかった。


「寝なよ、ここで」


「……は?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る