第2話 中庭での邂逅
昼休み。菓子パンを齧ったら、陽だまりの味がした。
中庭のベンチに腰掛けて、昼食を摂る。片手にパンで、片手には単語帳。木陰特有の、肌にひんやりとする感覚が心地良い。
「夜船……だっけ」
すると、背後から聞き慣れない声がした。綺麗なのに、どこか力が抜けるような声。間延びした喋り方。
「そうだけど……って、え?」
振り返ると、真っ黒な癖毛がぴょんぴょん跳ねていた。昼間の強い日差しが、肌の白さを際立出せる。
「周防?」
「流石に見れば分かるでしょー。クラスメイトなんだから、さっ」
周防はほとんど倒れかかるように俺の隣へ座った。ベンチの背もたれに寄りかかって、寄りかかりすぎて、上を見上げるような体勢になっている。首が座っていない赤ちゃんは、油断するとこんな格好になるって親戚の叔母さんが言ってたっけ。
「辛くないか?」
思わず聞くと、周防は黙ってベンチに座り直した。
「えっと、それで、俺に何の用でしょうか」
周防が落ち着いたのを見計らって、質問してみる。
周防は昼にご飯を食べる為動く。ただ、動くとは言っても、鞄から弁当を取り出し完食するのみである。だから、昼休みとはいえ、周防が学校の行き帰り以外で立ち歩いている姿を、俺は初めて見た。
つまり、周防がわざわざ歩いて俺を探す程の用事があるということだ。
軽く緊張。
「これ」
周防が手に持っていた物を俺に見せてきた。思わず身構えたが、よく見ればなんてことはない。単純に今朝俺が周防へ渡した饅頭の箱だった。
「えっと、口に合わなかった、とか?」
「いや、結構美味しかったよ。ただ、私一人で食べるにはちょっと多くてさぁ」
改めて見るとパッケージには『八個入り』とある。感謝に気合を入れすぎた結果、過ぎたお礼になっていたらしい。
「賞味期限もあるから、あと夜船が食べてよ」
夜船がずいっと饅頭の箱を俺の前に出してきた。箱を持つ周防の手は、その大部分がカーディガンの袖で隠れている。
桜色の爪。綺麗な手。
一瞬受け取ってしまおうか迷ったが、渡した物を受け取るというのも妙な話だ。
「いや、友達とかと食べてくれ。別に食べるのは俺じゃなくても良いだろ?」
「夜船って私のクラスメイトだよね?」
周防がやれやれと首を振る。動きが緩慢で、スローモーションみたいだ。
「まぁ、そうだけど」
「じゃあ、私が友達いないことも分かるでしょ?」
当然のことだろうといった風に、周防は真顔だった。いや、何なら軽くドヤ顔だったかもしれない。
確かに寝てばかりいる周防に友達など出来るはずがなく、それどころか知り合いすら居るのかどうか怪しいレベルだ。
「まぁ、そういうことだから。饅頭、お一つどうぞ」
どうやら周防は何が何でも饅頭を俺に食べさせる気らしく、箱から饅頭を取り出し、包装を破き始めた。
「……そういう風に普段から起きてれば、友達なんて幾らでも出来ると思うけど」
饅頭を差し出してきた手を見て、俺は呟く。
「今、結構頑張って起きてるんだからね……」
あくびを噛み殺しながら周防が言う。
「まさか饅頭のために無理してる訳じゃないよな」
「さぁ、どうだろうね」
俺が饅頭を一口食べたのを見届けて、周防はゆっくり立ち上がる。そして、千鳥足で教室の方へ戻っていった。
「……美味いな、これ」
その後姿を見つつ、饅頭に舌鼓を打つ。薄めの皮に、しっとりとした餡の濃厚な甘みと小豆の香り。
こんなに美味しいものって何が材料なんだろうと、箱を見ようとする。すると、そこには俺が貼り付けたメモがそのまま貼られていた。
『救急車ありがとう。これはお礼です 夜船 圭 うら』
うら。
いかにも女子らしい丸文字で付け足された単語。
「裏ってことか?」
ぺらりとメモの裏を見ると、そこにはさっきの「うら」と同じ文字で言葉が書かれていた。
『きょう ほーかご かんりとー4かい あききょうしつ3』
漢字を書くのも面倒なら、単語と単語を繋ぐ手間すら面倒だったらしい。極限まで簡潔だ。名前すら書かないところとか、適当すぎる。
「管理棟四階か……」
ドラマか何かのような展開になってきた。
放課後指定の場所に行けば、周防が倒れた俺を見つけた理由も、分かるのだろうか。
「あ」
考え込んでいると、昼休みが終わることを告げるチャイムが響いた。単語帳をポケットに入れ、饅頭の箱を抱えて走る。
事情があったし周防が悪いわけではないが、昼休みの勉強時間が奪われてしまった。どこかで補填しなければならないなぁ。
あぁ。
全く。
こんな考えだからぶっ倒れるんだ。
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