第2話 くちづけ
ある日の夜、美しいブロンドの女優が精悍な顔立ちの俳優の耳にさよならのくちづけをするドラマが流れた。次の日から村の少女たちの間で、そのくちづけを真似することが流行った。
僕たちが十代になってからまだほんの数年しか経っていない。見たことも体験したこともない、大人だけに許される甘い秘密に、柔らかい胸を持った少女たちは魅了されたのだろう。
何も知らない僕は放課後の帰り道でリリーという少女に手を引かれ、なぜか一緒に帰ることになった。ろくに喋ったこともない、気が合うわけでもない、疎遠な同級生だった。妙に馴れ馴れしく、少女らしい甘い視線まで送ってくる。僕はかえって警戒した。普段は僕のことなんて存在しないように視界から消しているのに、急に一緒に帰ろうと誘ってくるなんておかしい。何か都合よく悪だくみに利用されているとしか思えなかった。
リリーは僕の手をかたく握る。捕まえた獲物を逃すまいと牙をむくハンターのようだった。どこでそんな仕草を覚えたのか、本物のテレビ女優のようにうっとりと僕の腕にもたれ、上目づかいで桃色の唇を動かす。
「ねぇ、ロロは好きな人いないの?」
僕はロロットという名前だけれど、リリーは親しくもない僕に躊躇なく愛称を与え、それを舌先で滑らせるように口にした。何かを暴こうとして僕の目を覗き込む。そんなことをされたって好きな人なんていないし、何も答えられない。リリーは答えを催促するように僕の腕をぎゅっと握った。
「わたしにだけ教えて。誰にも言わないから」
そんなことを言われてもいないものはいない。黙ったまま歩いていると、村で一番大きな十字路に差し掛かった。僕は東の方へ行くが、リリーがどちらへ行くのかは分からない。
彼女は急に手を離し、弾むように僕の前に立ち塞がった。そして、白い首を伸ばし、桃色の唇を僕の耳へ寄せた。重心の乱れたリリーは僕の肩へ手を置いて、幻のような囁きをした。
――また今度、必ず教えてもらうから。きっとよ。
彼女は僕の耳に強く唇を押し当て、あっという間に十字路の向こうへ駆けていった。
僕の空っぽの心など暴いてどうするつもりなのだろう。彼女たちが喜ぶ秘密なんて何も持っていないのに。
僕は何が何だか分からないまま、帰り道を歩いた。
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