第2話 裁ち鋏

■/

「……帰る」

「ちょっ、ちょっ、ちょっとせんぱい」

 突然のあなたを呪いましたの宣告について行けなくなった私は、手元に2枚ほど残っている絆創膏を放り出しベッドから腰を上げた。


「ど、どこへ行こうというのです」

「ヤくんとこ。治してもらいたきゃついてくればいい」

「や、優しい。というか、それは帰ることにならないのでは」

 天は慌てて腰を浮かせた。


「部屋もらうまではヤクのとこで寝泊まりしてたし、実質家みたいなもんだろ」

「うらやましい! 天ちゃんの部屋にはめったに来ない癖に!」

「そこかよ。あんたの部屋こえーんだよ。アイアンメイデンとか三角木馬が並んでる趣味全開の拷問部屋なんざ、おちおちくつろげるか」

「そんな! あれ以上の心安らぐ安住の地がどこにあるというのですか!」

「あんたの部屋以外の大抵の場所かな! 便所で飯食ってる方がまだマシだわ」

「突然の自分語りはやめてください! いくらせんぱいの経験談だからってフォローしきれない自虐ネタはツッコミにも困ります!」

「隙あらばディスっていくのもどうにかなんねーのかなあ!?」


 はあ、とため息が口を衝いてでる。こういう言い合いがしたいわけではない……はずだ。それでもまだ座り直す気にもなれない。


「……私を、呪った? バカ言わないでくれ」

 自分が思っていたよりも情けない声が出た。何よりも、現実として受け止めたくなかった。

 呪いなんてたくさんだ。

 仕事で山ほど魔術師の命を奪ってきた。恨みも呪いもとっくにキャパオーバーだ。

 いよいよ味方だと思っていた存在から秘密裏に呪われていたなんて、他人に真っ向から死ねと罵られた方が幾分気持ち的には楽である。


「何の利益があるっていうんだ。……なんとなく面白そうだったからとか言ったら今度こそ絶交だからな」

「…………」

「天ちゃん? その『ヤバい、いきなり図星だ』顔は? 絶交にリーチかかったぞ」

「ギリギリセーフです? 理由があれば」

 天は、様相を崩す。仕方のなさそうな、困った顔をするものだから、私が言葉に詰まってしまった。


 何だってんだよ。

 何だよ、この状況は。

 何か言わなければ間が持たない。雨音だけにしたくない。一度対話が途切れてしまえばはぐらかされそうで、けれど、冗談だと笑って欲しかった。


「あ、ああ。……そうだよな。本気で呪ったりなんか、」

 しないよな? と言いかけた私を遮る。

 天の返答は期待したものとは真逆で、至ってまじめそのものだった。

「ちゃんと、理由があって呪いましたから」

 あーあ、先に自白することになるなんて、と。天は言う。

 もっと遊びたかった、とうなだれる子供みたいで。


 ちょっと待ってほしい。

 冗談じゃないの?

 私は間抜けにぽかんと口を開いたまま、ついに何も言えなくなってしまった。


「ね、せんぱい」

 天ちゃんはですね、と。寂しそうに、天は目を細めた。

「自分の能力の使いどころ、というのをやっと見つけたと思うのですよ。これがわたしの最適解だった、と言えばまあ聞こえだけはいいのですがね。結果から言えば、あなたを自由に出来るのはわたしだけなんだ、って気づいちゃったんですね」


 天の能力。


「ご存じの通り、わたしの能力は因果を切ったり結んだりする」

 天は生傷の残る指で『チョキ』を作って、刃にあたる部分になる指を閉じたり開いたりしてみせた。

「魔術師には固有の特化能力が付与されます。魔力のパターンが最も相性のいい魔術とも言い換えられるでしょう。教本の基礎の基礎、です」


 私は応じた。敵意は感じられないが、身構える。


「ヤクさんが治癒魔術を得意とするように。ハクヤさんが無限に武器を作り出せるように。せんぱいが怪力なのと因果を捻じ曲げる能力を持つように」

 ですよね? と天は続ける。

「あなたが構成の根幹に関わった世界は半分が奇跡を見出し、半分が滅びる。そんな五分五分の天秤を当時魔術師になりたてホヤホヤの子供に握られてもみましょう。オマケに邪魔するものを軒並み叩き潰すだけの戦闘力を持ったあなたを協会が危惧しないわけがない」

「……そのあたりはヤクから聞かされてはいた。ヤクも初めは私のお目付け役だったしな。だが私はここにいることを選んだ。魔術師をやることにした。……どうしてもやりたいことがあったから。私に根幹を覗きこむだけの能力もないから、そう簡単に世界だって滅びるもんか」

「せんぱいにそのつもりがなくても利用したがっている魔術師は沢山いました」

「そういう輩の大抵は手配されていたし、命令を受けて捕縛したけど。査問会議にも何度も呼ばれた。一番、問題になったのはある平行世界が丸ごと無くなったあの、一件で」

 閉口した。

 私はあの査問会議で、確か。

 しかし、思い出せない。自身の進退に関わる重要な一件をこうも簡単に忘れることがあるだろうか。


 

 


「査問会議の後に何が起きた? ……世界一つと引き換えにして、私は、何を」


 手に何かが触れて背筋が跳ね上がった。天が私の手を取っていた。


「まあ、座ってくださいよ。せんぱい?」


 覚えのある欠落感。目の前にいる天。

 因果の切り結びを可能にする、能力者。


「まだ絆創膏も残ってますし。髪もやって頂きたいですし」

「天、私を呪ったってのは」

「ほら、この雨ですから外に出るのもなんですし」

「……私は、一体いつからここに居る? 私がここに居られているはずがない。理由は……分からないけれど」

「どこにも、逃げ場はありませんし」

「私の、何を切った? 私から、何を抜いたんだ」

 手を振り払おうとすると、強く握り返された。能力を使えば振りほどけるが、やり過ぎてしまう。本当に天の腕がもげてしまう。そしてここには、まともに治療ができる魔術師はいない。傷を負わせてしまった場合、私では、治せない。代わりに半歩だけ下がる。


「……ここでためらうから、あなたは優しいんですよ。せんぱい」

 まるで場違いなまでに柔和な態度。だが有無は言わせない気迫があった。

「もう一度言います、せんぱい。座ってください。ゆっくり、お話ししましょう?」


 一言ずつ刻み込む。

 逃がす気はないらしい。


「お互い、途中で能力の使用は禁止……って言っても、あんたの方が私のよりも有利だけどな。こんな約束をしたところで、切り取られたら私はすぐに忘れる」

「ええ。だから約束はしません」

「不利だな」

「だから、一つだけ勝利条件を差し上げます。せんぱいが何を忘れてしまったのか思い出せたら、ここから出してあげます。晴れて自由の身! どこへ行こうと、あなたの自由です」

「本当だな?」

「誓って」

「……分かった」


 どのみちここから逃げ出せないのなら、話をするしかないだろう。

 私が何を忘れているのか、突き止めなければならない。




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