解除セヨ

夏木

タダチニ解除セヨ


 突然だけど、俺は今、大問題を抱えている。

 真夏だというのに、壊れたクーラー。おかげで汗だくだ。でも、これが問題じゃない。


 目の前の机の上にはノートパソコン。これはもともと親父オヤジから借りたものだ。ちょうど4年前、2016年。パソコンがほしいとだだをこねた俺に親父が二十歳になるまでの間……俺は夏生まれなので、2020年の今日までの期間限定でパソコンを買って貸してくれた。好きに使っていいと言われて、使ってきた。ネットショッピングはもちろん、イラストを投稿したり……それはもう色々使ってきた。


 どんなイラストかって?

 それなりにきわどい内容の絵だ。そう、俺は二次創作をしている。自分で本は出していない。出すほどの画力も財力もない。趣味で描いてはネットで公開。そんな作品たちはこのパソコンに保存されている。


 作品を管理しやすくするために、フリーのファイル管理ソフトを利用した。そのソフトでフォルダを作り、念のためにと鍵をかけて保存した。

 どんなものが入っているのかはだいたいわかる。それこそ、ほとんどが年齢制限が必要なものだ。一応俺は18歳を過ぎているし、年齢的には問題ない。

 決してうまい絵ではないが、親に見られたくないからこうして保存していた。

 そう、見られないために。


 でも、まさか自分が見ることができないとは思わなかった。


 画面に表示されているのは、パスワードの入力画面。

 これを入力しなければ、フォルダの名称変更も移動も、何もできないようにした過去の自分を殴りたい。


 ここ1年は何も描いていないので、このファイルを使うことがなかった。なので、パスワードを入力する機会がなかったのだ。

 だから、パスワードがわからない。


 思いつくようなパスワードは全て入力した。

 もう候補がない。

 なのに繰り返される「違います」の文字。

 正直お手上げだった。


 でも、そんなときのためにある「秘密の質問」も用意してあった。

 あらかじめ自分で質問を作り、その答えを設定。パスワードを忘れても、この質問に答えられれば、フォルダを開くことができる。要は第2のパスワードだ。


 俺は「パスワードを忘れたとき」と書かれた部分をクリックした。

 そして表示された質問。


『秘密の質問:ふわふわ』


「は?」


 意味がわからない。普通は「最初に飼ったペットの名前は?」とか「母親の旧姓は?」にするはずだ。

 ああ、そうか。どうやら俺は普通ではないようだ。第一、なんで質問が4文字しかないんだよ。


 パスワードを忘れるほどの自分の馬鹿さがわかっているから、この質問を設定した。質問文から馬鹿があふれてるけど、答えを忘れるほどの馬鹿だったとは。


 とりあえずは何かを入力しなければ進まない。

 

 ふわふわと言えば、羊だろうか?

 入力してみたが、どうやら違うようだ。

 じゃあカタカナ、ひらがなで入力してみる。

 これも違った。


 他にふわふわと聞いて思いつくものを入力する。

 羊でなければ、雲、わたあめ、ベッド、布団、毛布。わた、ぬいぐるみ、ホットケーキ……。

 最早連想ゲームになってきた。

 ひらがな、カタカナ、漢字でも入れて、わってみるがどれもこれも違った。


 他に何があるか。

 ふわふわは擬音語。なら、ふわふわに続く擬音語はどうだろうか。

 もちもち、ぷるぷる、ぷかぷか。

 どれも違う。


 もしかして、ふわふわの意味を答えるのか?

 ネットで調べて、最初に出てきた意味「空中・水中を漂うようす」と入力した。

 もちろん、結果は変わらない。

 4文字の質問に、長い文章で答えるはずがなかった。


 ふわふわな人ということだろうか。

 そういえば、好きなキャラクターの中には、そういうキャラもいた。

 その名前を入力するも、ファイルを開くことはできない。


 気づけばパスワードと格闘して、4時間を越えていた。もうすぐ親父が帰ってくる。帰ってきたらパソコンを返さなければならない。

 急いでファイルを開いたら、クラウドに保存、それでもってパソコン内から削除しなければ。

 早く、早く。


 だけど、「ふわふわ」の答えがわからない。かといってパスワードもわからない。


「ただいまー。帰ったぞー」


 玄関から親父の声が聞こえた。

 まずい、もう帰ってきたのか。今日に限って、いつもより30分ぐらい早い。


「おーい。パソコン取りにきたぞー」


 帰ってきてそうそう、親父の足音が近づいてくる。

 焦りのせいで、暑いときにかく汗とは違う、気持ち悪い汗が体から出る。同時に心臓がバクバクと音を立ててうるさい。でも、頭に酸素が送られているのだから、何かひらめくかもしれない。

 何でもいいから入力しないと。画面とキーボードを交互に見て考える。


 馬鹿な俺だけど、何かわかりやすく設定したはず。どこかに何か、ヒントがあるはずなんだ。


「ふわふわ……ふわふわ……。ふ、わ、ふ、わ……ふわふわっ!!」


 俺の部屋の扉が開けられると同時に、ひらめいた。


 キーボードの文字列。それが答えだったのだ。

 キーボードには文字がかかれている。文章を作るときには、アルファベットが書かれたキーを打つ。だが、キーボードに書かれているのはそれだけではない。ひらがなも書かれているのだ。


 そう、秘密の質問「ふわふわ」は、このひらがなどおりに入力すればよかったのだ。


 質問の答え……それは「2020」だった。


 答えを入力して、バチンと勢いよくエンターキーを押す。

 するとフォルダはやっと開かれた。


「へえ……お前、こんなファイル作ってたのか」

「うぎゃっ!」


 いつの間にか父親が、俺の後ろから画面をのぞき込んでいた。足音を立てなかったのか、それとも俺が集中しすぎていたのかわからないが、あまりの驚きで椅子から転げ落ちた。

 その隙に、パソコンの使用権を奪い取った親父がカチカチと操作しているじゃないか。

 ああ、終わった……色々終わった。


「ほう……お前、意外と絵、うまいな」

「……へ?」


 適当に1つの画像ファイルを開いたのだろう。画面に表示されたのは、昔から好きなゲームの健全なイラストだった。


 きわどい絵じゃなくてよかった。健全なものも描いていてよかった。

 ホッと胸をなでおろして立ち上がる。


「ま、早くデータを移行するなりしろよ。俺も使ってみたいんだ」

「わかってる」


 親父が部屋から出て行こうと歩き出す。

 だが、その足はドアの手前で止まった。


「そうそう。そういうエロい絵を描くなら、もっとわかりにくくするために名前を変えておいたほうがいいぞ。みんなが使うものならな。んじゃ、またあとでとりにくるから」


 そう振り返って言うと、去っていく親父。

 すぐに俺はイラストの名前を確認した。


「う、わあ……」


 過去の自分を殴り殺したい。

 画像ファイル名は、キャラクター名と服装が書かれていた。もちろん、制服や私服、健全と書かれているものもある。だが、スクロールし、フォルダの後半にはすべて、「裸」と書いてある。

 俺が好きなキャラクターは、名前だけで性別がわかる。わかってしまうのだ。色々と……。




 ある意味俺は死んだ。

 精神的にしばらく立ち直れなかった。

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