第49話 あなたたちが初めまして。

園長に間を取りもってもらうことにして、

施設で両親と会うことになった。

祐也くんは私が育った施設に初めてきて、

「やっぱ、想像とは違うね、綺麗な建物だし、清潔だね。みんな元気に走り回ってるね。」

そんなことを言いながら、たくさんの私の後輩たちに、あいさつをしていた。

そして、応接間にはいった。

いつも、かるーく腰掛けて、園長とあーでもないこーでもないと話をしていたのに、今日はすごく緊張する。

平静を保てるか、そういうことも今は考える余裕がない。

汗もかいている。

祐也くんはずっと手を握ってくれている。

その手が汗まみれになっても。

汗まみれになるほどの緊張感が押し寄せていることをわかってか、手を拭こうとしても、握ったまんまで、手を拭いてくれた。


外から鈍い音とともに、複数の声が聞こえた。

それは自分の母親の声だとすぐにわかる。

不思議だけれど、わかる。

私は下を向いた。

顔を上げることができない。


ノックする音が聞こえて、扉が開いた。

園長に続き、人が入ってくるのが音でわかる。

でも、顔をあげることはできない。

祐也くんも動かないで、座ったままだった。

「結良ちゃん」

園長が呼ぶ声。

私はそれでも顔をあげることができない。

祐也くんは黙って会釈をしたようだ。影を見てわかった。

顔を上げることのできない私のバリアを破いてきたのは、母親だった。

「ゆらぁ!!!!!」

泣き叫んで、私の頭を下げた状態のままの体をぎゅっと抱きしめ、

その後ろから男泣きする父親の手のぬくもりも感じた。


きっと何時間も泣いていたのかもしれない。

気が遠くなるような感覚はあった。

顔をあげたら、私にそっくりな、でも、すごく上品で、とても白い、細い女性が、

「結良、大きくなったね、たくさんごめんね・・・」

そう言って、手を握ったり、頭を撫でられた。

「結良・・・」

父親はただ名前をずっと呼んで、母親の横にいる。

「初めまして、結良さんと結婚を前提にお付き合いさせていただいてます、高田祐也です。」

横で祐也くんがあいさつをした。


想像と違ったのはなんの不穏な空気が流れることがなかったことだ。

まだ、両親と、きちんと話してないけれど、私はこの人たちに愛されているということがよくよくわかった。

私はもう自分の我慢していたことなどをぶつけるなんていう感情はなかった。

ただただ、甘えたくなった。

そして、

「お母さん」

と言った。

「お父さん」

と言った。

二人は泣きながら、笑って返事をしてくれた。

過去の自分にずっとさよならできなくて、こんなに時間がかかってしまったんだなと、少しだけ後悔した。

そして、私が施設に預けた理由を聞こうとも思わなかった。

私は愛されていることが伝わっているからか、そんなことを聞く必要もない気がした。

聞く必要もないし、責めることもできなかった。

無償の愛には何も勝てない。

でも、お母さんがゆっくり口を開き、これまでの話をしてくれた。

お母さんは本当に病弱で、入院しては私とお父さんが心配だったと。

施設にあずけることも本当に辛かったけど、病名を聞いたときに、預けた意味がわかった。

奇跡的に回復したものの、まだまだ一人でできることが少なかったお母さんはお父さんの仕事の邪魔にならないようにと、頑張って生きてきたと。

細く、白い腕から見て取れる、本当に小柄だけど、しっかりお母さんだ。


両親は私への愛をたくさん伝えてくれた。

サンタさんも両親、毎年の誕生日プレゼントがみんなよりも多いのも両親。

何度も会いたがっていたし、引取りも話し合っていたのに私が乗り気じゃなく、私の気持ちを尊重し、ずっと待っていてくれたのだ。

私にはもちろんわからなかったことだけど、今はその気持ちもわかった。

そして、今の状況も聞いた。

そして、聞きたかったことがひとつあった。

「ねぇ、私にきょうだいはいる?」

と聞くと、少し俯いて、

「私たちの子供は結良だけなの・・・」

とお母さんが答えた。

きょうだいよりも、結良のことばかり考えていて、病気が治ったら、あれができたら、これができたら・・・で、ここまできたとお母さんが言った。



園長の笑顔を背中に、私たち一同は食事に行くことになった。


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