第38話 父母父母。
ある日の午後。
園長が会議室に私だけを呼んだ。
何か重大な話があることをちゃんと感じながらの、移動の足取りは重くて、歩いている廊下の温度はきっと今まで感じた中で一番冷たい。
会議室は、堅苦しい、いわゆる会議を行うような会社の会議室ではなく、応接間のセットのようなものがおいてある。
園長と距離を少し開けて、対面になるように、腰掛けた。
ドキドキと不安が入り混じった、何とも言えない感情で、園長の言葉を待った。
「結良、最近ちゃんと朝起きてる?」
いつも聞かれることからその話は始まった。
そして、本題に入る。
戸籍を取り寄せた時のことだ。
「結良のお父さんとお母さんのことだけど・・・」
息を飲んで、まるで呼吸を忘れたかのように、次の言葉を待つ。
「ちゃんと今でも生きてらっしゃって、もちろん、犯罪歴があるとか、虐待歴があるわけでもなくて、ずっと結良のことだけを考えてくれてたのよね、実は、連絡も定期的にとっていて。」
戸籍をとったときに、死別だとかそういう記載がなかったことで健在であることがわかった。
でも、私にとっては、悩みの種になる、そして、今それを知って、自分がこれからどうしたらいいのか、どうしたいのか、どうすれば正解なのか・・・。
そんなことを考えてるうちに、月日は流れていった。
「逢いたいと思う?」
園長はトーンを変えずに話しかけてきた。
逢いたいか逢いたくないか、ではなく、存在していることへの不思議。
存在しているのに逢いに来ることもなかったことへの不思議。
存在してるのに私を引き取ってくれなかったことへの不思議。
いろんな不思議と、寂しさ、悲しさ、歯がゆさ、そして、なにより、両親がそろって同じ地球上にいるんだということに、安心したということも正直あった。
ポタポタと、涙が出てきて、自分でもびっくりした。
なぜ涙がでるのか。
止まらなくなって、声を上げてしまいそうだ。
「結良、おいで」
両手をいっぱいに広げた園長が優しい笑顔で迎えてくれた。
抱きしめられ、もう体中の水分がなくなったんじゃないかと思うほどに泣きじゃくった。
落ち着いてきた頃に、
「もう、この話はしたくない?」
と園長が聞いてきた。
私は首を横に振った。
「突然、いろんなことを想像したり、恨んだり、いろんな気持ちが入り混じっちゃうでしょ?」
園長に胸の内を全部見透かされた気分で、安心感がこぼれ落ちそうだった。
「どうして、逢いに来てくれなかったの?どうして引き取ってくれなかったの?今更どうして?」
混乱しながらも、心にあるおおきなおおきな黒いしこりを吐き出す。
「ゆっくり考えよう、結良の気持ちの整理がつくように・・・。」
そして、誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントが、いつも少し多かったのは、両親からの贈り物があったことを知った。
本物の愛情を気づかされたとき、こんなにも混乱するのか。
本物の愛情はこんなにも落ち着かないものか。
本物の愛情は全てを超えて動揺する。
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