第32話 絵空事。

生まれてくるときのことを覚えてる人って、なかなかいないと思う。

ちなみに私は、7歳から8歳くらいまで、なぜかその記憶があった。

誰から生まれたか、そんなことまでは記憶を追ってはない。

それでも、その記憶があることが珍しいと言われていた。


私が家庭をもつことができたら・・・

そんなことを考えることは大人になってからだけれども。

だから、おままごとなどは一切しなかった。と、言うよりも、できなかった。

家庭というものに想像がつかなかった。

会社に行くお父さんやそれを、見送るお母さんを想像できない。

おままごとのセットはたくさんあった。

それというのも、作りもしっかりしていて、本当に調理や洗濯をしている気分にさせてくれる。

でも、職員の真似事しかできないのが私だ。


18歳で自立して、一人暮らしを始めたが、本当に、大変だった。

職員がしてくれていたことは本当にありがたかったと、身に染みた。


まずは食べるものを、いちいち準備しなければいけなかったり、洗濯物を干しても、たたむのがめんどうだったり。

そういう、何でもしてくれる機械があったら私はその機械を高額であっても、貯金して買いたいと思うくらいだった。

会社勤めをしながらの1年なんて、あっという間だった。

そして1年もすれば、だいたいのことができるようになり、工夫をし、時間をどう有効に使うかを考えていた。

家事も随分上達した。基本的には施設で教えてもらったり、お菓子作りをしたり、手伝ったりと、していたが、実際、自分一人でとなると大変だった。

いまじゃ、作り置きのおかずをこしらえるほどになっている。


アイロンをかけたり、アロマスプレーを作ったり、縫物をしたり。

それなりにひととおりできるようになった。


・・・が。

私はこれが今の私だけの生活。

ここに家族ができたら、私はちゃんとやっていけるのだろうか。

子供をもつことができるのだろうか。

私が、お母さんと呼ばれるのだろうか。

想像がつかない。

家族の為に自分を犠牲にすることができるだろうか。



祐也くんとお付き合いすることになれないのは、この先育まれていく愛情と、実生活とが結びついたときに、うまくやっていけるのかという、すごく生真面目な悩みがあるからだ。

どちらからともなく、何も進展するような発言はなかったけれど、心がつながっていることはわかっている。



望美もまた、進展しない、両想いの恋愛のまんまだった。

理由は違うけれど、二人とも窮屈なことが嫌いなのだ。


私たちは幸せになれるのだろうか。


いや、ここで、今、自分が幸せだと思うことが幸せなのだと言い聞かせて、床についた。



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