第28話 ゼリー。
そういえば、朝ごはんの役割で、土日だけ、変わった人が作りに来ていた。
絶品のおむすびを作ってくれる、おばちゃん、ではなく、おばあちゃんに近い人だ。
土日になると、ふりかけであろう、色とりどりのおむすびが並べられている。
大皿にいくつも。
どれもおいしそうなのだが、なにしろ小さいお腹には2つくらいが限界だった。
そんな幼少期に、おむすびを作ってくれているおばちゃんを、公園で見つけた時に一緒にいたおばちゃんよりもずっと年上のおばあちゃんが、いまでも脳裏に浮かぶほどの衝撃だった。
当時、何歳とか、お年寄りの年齢はわからないし、たいして気にもしていなかったのだが、今となってはきっと大分お年だったと思う。
そのお婆ちゃんは近所でも有名な、「女帝」とも呼ばれるおばあちゃんで、その男性バージョンの「帝王」と呼ばれるおじいちゃんとは犬猿の仲だった。
ご近所トラブルといえば、有名といえば有名、でも、すごく優しくしてくれた。
「お母さんや、お父さんはいるのかい?」
と言われたとき、聞かれたことより衝撃だったのは、自由自在に入れ歯を動かせることだ。
もごもごさせて、たまに飛び出し、慌てて引っ込める。
おばあちゃんの癖のようだ。
「いないと思う。」
そう答えると、
「じゃあ、あんたが大人になったらお母さんになるんだなぁ・・・いいお母さんになるよ、ハイカラなお嬢さんだからね。」
そう言って、入れ歯を慌てて引っ込めていた。
それを笑うか、それとも我慢するかですごく悩んだが、我慢することにした。
ある日、おばあちゃんが私と仲間たちが公園で遊んでいたら、冷やしたゼリーをたくさん持ってきてくれた。
初夏だったが汗がポタポタと、流れ落ちるほどの暑さだった。
みんなでゼリーを頬張る。
冷たくて美味しくて、きゅいーーーんってなる感覚。
そして、おばあちゃんもそのゼリーを一口。
とはいえ、一口ゼリーなのだが、のどに詰めないようにと、3回くらいに分けて食べるように言ってくれてたのに、おばあちゃんは一口。
なんと、のどに詰まらせてしまったのか、少し、咳き込んだと思ったら、横にあったコーラを口に流し込んだ。
瞬間、危ないと思って、みんなでその様子をみて、誰かに助けを呼ぶか、とか話してる間、おばあちゃんはぜりーの喉できるかのごとく頑張っていて、コーラでうがいしている状態だった。
「おばあちゃん、吐き出しなよ!!」
とみんなで心配し、年上の仲間はおばあちゃんの背中に回り込み、ゆっくり背中をさする。
これはほんの一瞬の出来事だが、忘れもしない。
顔も真っ赤だし、おばあちゃんがどうかしたら・・・と、半泣きになっていた。
「こっほぉぉぉん!!」
飲み込んだのと、コーラは少し吹き出たが、何とかなったようだ。
おばあちゃんはみんなに囲まれても何もなかったかのように、
「ぶどう味がおいしいよ」
と、話し始めた。が、みんな心配で、おばあちゃんも3回に分けて食べるんだよ!と忠告した。
さすがのおばあちゃんも、
「はいはい」
と笑顔で答えた。
そして、また、公園の遊具で遊んでいた。
時折、代わる代わる誰かが話しかけに行くのだが、やはり、安定しない入れ歯がモゴモゴとして、最後は飛び出し、慌ててひっこめる。
それがあのおばあちゃんなのだと認識してからというもの、入れ歯の出し入れに笑いをこらえることもなく、私の中でキャラクター化してしまったのだ。
「帝王」との喧嘩の時は私たちはおばあちゃん、つまり、「女帝」の味方をしていた。
畑の野焼きなんて何の問題もないのに、帝王は気に食わなかったのか、文句を言ってきたのだ。
女帝は聞く耳をもつこともなく、マイペースにしている。
帝王はその態度すら気に入らない様子だったが、とくに悪いことをしているわけではないので、退散していった。
帝王もおじいさんなので、入れ歯かと思ったら、抜けっぱなしなので、何を言ってるか大体の人は聞き取れず、それでトラブルになることすらあったようだ。
「女帝」はいまでも元気にしているのだろうか。
あの時から数えると、もう90歳は過ぎていると思う。
是非、まだ、お元気だったらあいたいな、また話したいな。
懐かしい、初夏の思い出とともに、その時の変わらないままの味のぜりーを口にしていた。
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