第24話 人生のこと。

「結良・・・会いたい・・・」

寝返りを打った瞬間聞こえてきた。

結衣子は四六時中、きっと頭の中では結良の事をおもっているんだろう。


3人で暮らしていた時の結衣子はとても明るかった。

笑顔の絶えない女性、少しだけ、ぷっくりした体つきだった。

いつもいつも、忙しいのに家族のことを最優先にしてくれた。


小さな小料理屋をするのが俺のガキの頃からの夢だった。

だが、そんな夢は現実とは裏腹に、経営という壁によって、引き裂かれてしまった。

残ったのはわりと多額の借金。

夢が敗れ、何をどうしていけばいいのかわからなかった。

浴びるようにというか、浴びていただろう酒を飲み散らした。

真実というもの、現実というものにたいして、逃げる、逃げたい一心だった。

それでも、結衣子は離れずにいてくれた。

昨晩どんなことを言ったか、どんなことをしたか、なにも覚えてないのに、朝はせっせと家事をし、俺の分の昼飯まで用意して、パートに出かける。

なぜこんな・・・と、自分の惨めさを認めたくないあまり、酒を飲む。

夕方に帰ってきた結衣子は、次は洗濯物をとりこみ、晩飯を用意し、次のパートにむかう。そんな生活を繰り返し、結衣子は幸せなのだろうか。


ある朝、結衣子が起きて、支度をして、いつものように、文句一つ言わずにニコニコと話しかけてくれた時、一体、いつまでこんなことをしているのだろうと、我にかえり、その日はそれがとてつもなく何度も襲って来る感情だった。そして、今動かないとこのまま、社会復帰もできないと意を決して、職業安定所に向かった。

小さな町工場だが、とにかく生活のリズムと、生活の安定を願い、そこに就職することができた。

部品を扱うなど、初めてのことだが、料理人だったことで、何に対しても、丁寧だということをとても評価してもらうことができ、給料を手にしたときは、何とも言えない感情だった。

それを結衣子に全て渡す、その時決まっていうのが、

「自分のことに使ってくれていいのに・・・家賃の分だけいただくわ、あとは任せて!」

と、ニコニコして話す。

結衣子はとても強い人だと思う。

そして、無限の優しさ、慈悲深い人だと思う。

ここまでついてきてくれる女性は生涯、結衣子一人だと。

断言できる、だからこそ、新しい人生として、料理の道を諦め、町工場であっても、ここで勝負していくぞ、そう決めたのだ。


そんな忙しくしている毎日の中のある日。

病院に行って帰ってきた結衣子の顔が真っ青だった。

泣きはらしたような目をしていた。


魚を焼いてくれていた、すまし汁もあった。

真っ青な顔で料理をしてくれていたのかと、夜のパートは休むように言うと、素直に休んでくれた。

そして、横になる結衣子のそばに寄り添いながら、結衣子の言葉を待った。


「あのね、赤ちゃんがいたよ」

一瞬、夢でも見ていて、寝言かと思うような小さな声だったが、はっきりと、もう一度、

「生理が遅れてると思ったの、今日病院に行ったら、お腹の中に、小さな赤ちゃん・・・」

そう言って、こちらを見た。

嬉しかった、とても嬉しかったのだが、なぜか結衣子は戸惑っているようだった。

そうか・・・借金もまだ残ってる、これから生活がもっと厳しくなることで、身ごもってしまった、とおもっているのか。

だとしたら、俺は愚かすぎる。

めでたいこと、自分たちの子供を自身の中で育て、そして、辛い思いをしてこの世に産み落とす。

きっと、その何倍も幸せなはずなのに、自分の不甲斐なさで素直に喜べなくさせてしまっている。

自分を悔いた。

その分、悔いた分以上にもっと働いて結衣子を安心させてやろう、そう決意した。

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