第9話 本当にたいせつなもの。

本当に些細なことだった。

最初は、誰かが貸してほしいと言ったから、漫画を貸した。

同じ部屋のお姉さんから借りた漫画だった。

みんな、同じ部屋でかたまって遊んでたからまさか漫画がなくなると思わなくて、順番に回し読みをしていた。

その漫画が忽然と消えたのだ。

お姉さんはお父さんとの外出許可で、本屋さんに立ち寄った時に、シリーズの漫画をある程度買ってもらって帰ってくる。


だいたい、外出許可や外泊許可のときは何かを親や親戚に買ってもらって帰ってくる。

それが私には少し、ほんの少し、羨ましかった。

だからといって、それを盗もうとは思わなかった。

借りたら返す。

当たり前だと思っていた。

さっきまでいたメンバーはもう違う部屋に行ったりして、バラバラになった頃、お姉さんから、

「さっきの漫画知らない?」

と聞かれたので、

「ゆらは読み終えたよ、でも、次は美希が読みたいって言ったから・・・」

そういうと、少し足早にお姉さんは部屋を出た。


養護施設ではいくつかのグループに分かれて過ごしている。

ホームという区切りで。

何やら、その漫画、違うホームに行ってたようだ。


息を切らして帰ってきたお姉さんは、大事そうに、その漫画を自分専用の本棚にしまった。

家族に買ってもらったものの大切さはなんとなくわかるような気がした。

私にはないもの。


私のほしいものやお小遣いは、養護施設から出してくれた。

服もお下がりもあったけど、自分用に買ってもらうこともあった。

流行りのおもちゃや、絵本、そして、漫画や文具。

全て、職員と買いに行き好きなものを選ぶ。

養護施設だからといって特別扱いはされなかった。

恵まれていたのか、よくよく職員が向き合ってくれたなと感謝するくらいだ。

好きなキャラクターで、なんでも揃えたい、好きな色でなんでも揃えたい。

もし、同じものを持ってる人がホームにいたら、区別がつくようにしっかり名前が書いてある。


盗られることはあまりないけど、貸して、返してもらえないことがあるので、

ゲーム機にも名前を書いていた。

名前を書いていても、貸してあげると、なぜか階段の踊り場にそのままおいてあったり・・・。

プライバシーは守られてるような守られてないような。

他人なのに家族のような、そんな暮らしだった。


できるだけ規則正しい生活を送り、健康に育ったのは、そこで育ったからだと心から感謝している。

苦手な食べ物があまりないのも、いただきますやごちそうさまが言えるのも。

独り占めしないこと、分け合うことを教わったのも、ここで育ったからだと思っている。












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