第1話

『竜宮城殺人事件』 1-C 加波志




「もしもしお兄さん。竜宮城にいきませんか?」

 ある晴れた日のことだった。海辺を散歩していたら亀に話しかけられた。

「…えっと、そんな感じで誘うんですか。少し話が違うな…」

「はい?何が?」

 と、不思議そうに見てくる亀。

「いや、子供たちにいじめられているところを僕が助けてあげてからの話じゃないんですか。」

「あぁ~そのパターンですか。大昔はやっていたんですけど、今時小説の中とはいえ動物を虐待するシーンは何か言われそうでやっていないんですよ」

 大変な世の中になったもんだ。さらに亀は勧めてくる。

「どうです?いきませんか?居酒屋にいくようなお金ですみますよ」

 お金は取るんだと思ったが、こういう機会はないので行くことに決めた。

「じゃあよろしければ、お友達もお誘いください。一人より何人かで飲むほうが楽しいでしょう」

 まあ、それもそうか。亀からしたら、一人より複数人の方が料金も多くなるからな。

「では、私は先に行って準備をしておきます。あとからお越しください」

「え?どうやって行けばいいんですか。竜宮城って海底にあるんでしょ」

「あぁ、大丈夫です。あの先にあるロープウェイを使ってボタンひとつで行けます。」

 そんなに簡単に行けるのかよ。ずいぶんとイメージからかけ離れている竜宮城に少しの不安を感じていると、

「それと、これをどうぞ」

 と言って亀がスプレー缶みたいなのを渡してきた。

「これは?」

「竜宮城は海底にあるんで生身の人間が行っても大丈夫にするスプレーです。体全体にかけてください。水中でも普通に呼吸をして、水の抵抗を感じることなく動くことができて、水圧にも対応しています。竜宮城は結構な海底なんで、生身できてしまうと人間の体がつぶれてしまうんです。後からくるお友達にもかけておいてくだい」

 結構怖いことを言って亀は一足先に行ってしまった。それにしても、陸上でしゃべる亀はいるのに、水中ではドラ○もんで出できそうな道具に頼らないと水中にいけないなんて微妙なところでリアルな感じだ。

 ちなみに、このスプレーがないと普通に溺死、もしくは水圧で死んでしまうから、必ず亀による紹介か、常連の紹介じゃないと竜宮城には入れない。

 とりあえず、友人三人を呼び出すことにした。


 しばらくすると三人の男たちがやって来た。一人は丸太郎、猟師をしている男だ。ガタイがよく、背も百八十以上ある。

 もう一人は三角太郎、農業をしている男。こちらは丸太郎と違いひょろく、メガネをかけた学生風の男だ。

 最後の一人は四角太郎、旅籠屋(宿屋のこと)を経営している男だ。小太りで最近髪の毛も薄くなってきていて一番老けているとからかわれている。

「おい、竜宮城って本当かよ」

 ついた途端、丸太郎が聞いてきた。

「うん、まあね。亀の方から声をかけてきたんだよね。ほら、あっちの方に乗り物があるだろ?あれに乗って竜宮城に行けるみたいだよ」

「で、竜宮城って飲み食いするところなのか?」

「うん、そうだよ。知る人ぞ知る居酒屋みたいだよ」

「そうか。ま、早く行こうぜ」

 四角太郎がせかす。

「じゃあ、みんなこれをかけてくれ」

 そう言って三人にスプレーを手渡す。

「ん?何これ?」

 三角太郎が不思議そうにスプレーを眺める。

「竜宮城に行く前に体にかけないといけないんだ。」

「えっと、水の中でも息ができるとかそういうこと?」

 丸太郎が聞く。

「うん、そうだよ。…ほら、体全体にまんべんなくね」

 そうしてみんなスプレーを体にかけた。

 竜宮城に行くための乗り物は、一度に十人ぐらいが乗れる広さで、ボタンを押したら勝手に動き出し、竜宮城に行くことができた。

 さすがに水に潜っていく瞬間は怖かったが、いざ潜ってみると、水の中で呼吸ができるし、水の抵抗も感じることはなかった。


 竜宮城には五分もかからずに着いた。入口では、会計のカウンターに二人の従業員がいて、さらには先ほどの亀が待っていた。

「よく来てくださいました。ご案内いたします」

 亀に連れられて竜宮城に入ることとなった。

 竜宮城の中は、高級感あふれる内装で、名前の通りお城の風情も感じられた。

「竜宮城に乙姫っているんですか?」

 三角太郎が興味津々といった感じて訊ねる。

「ええ、日替わりでいらっしゃいますよ」

「…え?」

「まあ、高級なキャバクラみたいなお店もかねています。乙姫さんと一緒にお酒を飲んだりできるんです」

「へえ~そうですか」

「まあ、予約が必要なんですけどね」

 値段を聞いてみたが、このメンバーの給料じゃ無理そうだ。

「それではこちらです」

 そうして連れてこられたのは、居酒屋の座敷部屋のような部屋だった。

「お出しする料理は、竜宮城なんで海鮮料理がメインとなっております。それと、竜宮城の特色として、ある程度の食べ物や飲み物持ち込み自由なんです」

「あ、それだったら一回帰ってもいい?三日前に珍しいお酒をもらったんだよ。そんな時間もかからないから戻るわ」

 四角太郎が部屋を出ようとすると、

「一旦陸に上がるけど、あのスプレーとか必要ないんですか?」

 三角太郎が亀に聞いた。

「ああ、その必要はございません。皆さんが体にかけたスプレーは一日持ちますので、大丈夫ですよ。もしあれでしたらお帰りの際にスプレーをお買い上げになってください。竜宮城でしか売っていませんから」

 亀はそう答え、四角太郎は足早に出ていった。


 四角太郎がもどってくるまでに料理を頼むことにした。タイやヒラメの舞い踊りではなかったが、そういったお魚のお刺身を頼んだりした。

 竜宮城が海底にあるということもあってか、海鮮料理の値段は意外とお手頃だった。

「ところで、亀さんは毎日今日みたいな呼び込みとかやってるんですか?」

 と僕が聞くと、

「いえ、毎日ではありませんよ。私の他に二匹の亀がいますので、ちゃんと休みもありますよ。乙姫さんも三人います。労働基準法に引っかからないようにちゃんとしてますよ」

 海底にあるとはいえ、しっかりしているらしい。

 数分後、四角太郎が戻ってきた。

 海水に濡れたビニール袋から木箱を取り出す。

 普通の箱だったが、中に入っているお酒はそこそこ高そうだった。

「これ常連のお客さんからもらったんだ」

 そう言いながらみんなのコップに注いでいく。

「では、乾杯!」

 と、なぜか亀もお酒をもらって乾杯の音頭をとった。



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