第41話 煙の記憶に抱かれて

夕刻に浮かぶ星の元へと帰っていったあなたを見上げるすべもなく、私はひとり寝台に臥して、ねぐらへいそぐ鴉たちの影を見送っている。遠く高く鳴き交わす声のうちに、あなたのかすかな歌声が風に乗って運ばれてくる。迂回して二年の歳月を経て、ようやくたどり着いた感情は、巷で謳われる愛とは性質を異にして、より峻厳な頂にそびえる尊崇の念を、遥か仰ぎ見ることしかできない。かつて未到に終わった山頂の、霧中の中に息づく生命のきびしさを、まざまざと思い起こす。あなたはその奥へと消え、そしてその足跡を辿ろうとするたびに雷雨によって阻まれてきた。山の気候は変じやすい、とあなたは語り、山中にて静かな手つきでスープを作ってくれた。そのあご出汁のふるさとの味が、今わずかによみがえりかけ、私はついぞこぼれない嗚咽の代わりに、深く息を吐き出す。あなたが密やかに吸っていた煙草を、私もかつて覚えたことがあった。そうして山道に外れた煙の交歓のうちに、あなたの言葉にならない吐息が立ち昇ってくのを目にするとき、羽ばたく鴉の瞳の中に、一瞬、あなたの横顔がよぎる。


BGM:加古隆/青の地平

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る