第39話閉ざせぬ瞳へ

痛みと熱とに耐えかねた私の体を、大勢の影がよぎってゆく。夏の名残の木漏れ日とともに群れをなす彼らに顔はなく、壊れた記憶媒体から延々と流れる音楽となって、言葉は意味を失って解体され、ほどかれたまま濁流となって押し寄せる。あなたの瞳ばかりがくり抜かれたように宙に浮かんで私を睥睨している。その双眸を射抜きたかった。それでも私にもはやその力はなく、寝台に伏して巨きな眼玉が見下ろすのに任せている。瞳は悲しみを慰撫しない。怒りに満ちた色を浮かべて、やがて涙があふれ出す。滝となって流れ落ちるその雫に打たれながら、私は静かに目を閉じる。何者ももはや記憶しない私の書室にあるのは、膨大なデータのログばかりだ。そのうちの一つとして、あなたのことを記したものはない。そうして抹消していく、という作用もまた記録には付きまとう。蓄積されたデータのうちから、あなたの瞳のまぶたを閉ざす技法を探しあぐねて、夜がだんだん更けてゆく。水没した寝台の上で、長い髪をゆらめかせながら、私は遠い故郷の夢をみる。

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