第31話魔女の踊り

長い旅を経て岸辺の港街に辿り着いたわたしたちは、まだまどろみの底に横たわるおまえの幻影を見ていた。群れをなす人々の中で、おまえのアメジストのブローチと銀色の髪が光る。その微かなきらめきを頼りに人波をかき分けて手を伸ばしたものの、おまえの姿はその奥へとかき消えていった。夢のうちに見たおまえがたしかにそこにいたのか、もはやさだかではない。虚飾めいたリラの花に彩られた春の夕暮れの街で、おまえだけが不在の女神として書物に記され、あるいは人々の口によって語り継がれてきた。魔女とおまえを呼ぶ者もいる。失われた系譜を辿ろうとしてその長い道のりのさなかで正気を失ってしまった学者も、それを詩に起こそうとした詩人も、もはや今は過去のものとなった。そうして刻まれたさまざまな人たちの足跡を、おまえは華奢な靴を履いて軽やかなステップで踏んでゆく。彼らのたましいを慰撫するでもなく、さまよい果てて命尽きた人々を嘲って踊りつづける。黄昏の空にしもべの蝙蝠たちが舞い、おまえの舞踏に色を添える。いつしかその踊りには、学者や詩人の抱いた情熱の端々が表れ、あるいは狂気が宿り、いよいよ昂った熱と共に終極へと向かってゆく。手を高く上げて首を反らし、石畳を蹴ってほほ笑むおまえは、薄紅色のショールをはためかせて、やがて来る暁の果てへと駆けてゆく。ふたたび動き出した雑踏の奥にかき消えるまで、人々の唇は詩を紡ぎつづける。その頭文字をすべてつなげたところに、おまえの真名が秘められている。

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