第30話The Requiem for the Mermans

水底から生まれてきたおまえに託す言葉などない。無形の泡となって消えてゆく名前をもう一度呼ぶ。失われて久しいその響きにおまえのたましいの形を見るのだろう。傷は深く、癒えることはない。無窮の時が流れても、おまえは安寧を見出さない。ふるえる唇でかすかに発音された母音も、まもなく消えてゆく。生まれる前の感情だけを拾い集めて、わたしはそれを火にくべてゆく。やがて炎のうちから煙が立ちのぼり、おまえの渦巻いた感情は天へと運ばれ、雲となって雨をもたらす。そのやさしい雨に濡れながら、おまえは二度と帰ることのない故郷を思う。そこでは誰もが痛苦とは無縁の暮らしをしていた。母の腕に抱かれた乳飲み子たちのように、川のせせらぎがおまえたちを押し包んでいた。だがその川も濁りきり、おまえは海へと流されて、そうして浜辺へと打ち上げられた。息が、できない。おまえはわたしに取り縋って懇願する。もう一度、あのふるさとへと、おれを帰してくれ。他には何も望まない。わたしは丁重な手つきでおまえをなで、もはやそこがどこにもないことを告げる。おまえの同胞たちもすでに亡い。おまえは最後のひとりとなってここまでたどり着いた。その破れた夢を、今ようやく訪れる、おまえの死のやすらぎのうちに見なさい。わたしはそうしておまえの瞳を閉ざす。

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