第15話夏の亡霊

果てしない徒労の果てに梅雨が来る。眠りつづける人形とともにすべてを放擲して夢をむさぼりたいのに、ひとたび横になれば死に近しいやすらぎが私を包むとわかっていてもなお眠りたくない。湿度と孤独に打ち負けた心はさだまらず、思い乱れてめまいをもよおし、すべてがもやがかって見える中、失ったものばかりがやさしい桃色に輝いて、その乱反射する光があまりにまぶしい。肉体の奥からとめどなく血は流れ、涙を流すことを忘れた両目は充血して、血気水と云うところのおおよそすべてが不調をきたしたまま、偶像に埋もれてゆく部屋に閉ざされている。閉ざすことと閉ざされることの相関関係について想いを馳せてもなお虚しく、見えない誰かの手によって、あるいは病の魔手によって、私はこの部屋にとどめ置かれ、かつて路傍で観た紫陽花の色が死者の纏う白であったこと、その白が暗夜にぼうっと浮かび上がって魂のようだったことを思い出す。梅雨の来ない夏、永すぎる梅雨の夏、幾夏もの記憶を生き延びてきた私は、疲れきった身体に灰色の魂をやどして、人形に届かぬ手をのばす。

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