第11話錯覚

ひとりで生きるあなたが一度だけ言葉を詰まらせて、一語一語を絞り出すように私に与えてくれたことを、この絶望の監獄の中で思い出す。あなたの孤独は永遠に癒えることなく、私の渇きがなぐさめられることはなく、それぞれ形の異なる悲嘆を胸に抱きながら、それでも言葉のうしろに伴った声にならない悲しみを、この手に余る嘆きを、私にほんのひとときだけ預けてくれた。その無言のせつなさをこの上のない喜びと感じたことを、ただひとつの光として生きることを許してはくれないだろうか。光のない世界であなたの形のない孤独が、触れることの叶わない締念が、この地上のどこか、あるいは空の彼方で細くかよわい蓮の糸となって私とあなたをつないでいるのだと信じてもいいだろうか。声が交わることもなければ、肌が触れ合うこともない。あなたは私の失意を理解せず、私にあなたの苦悩は分からない。二度とあなたの心に触れる言葉は交わされず、永遠の他者として生きるほかない。あなたが至上のよろこびとする音楽の中にあなたの面影を見て、そこに触れるか触れないかおそるおそる手を伸ばし、隔絶された互いの心が一瞬のあいだだけ、あの蓮糸を伝わってかすかに交わるという錯覚をいつまでも夢見ている。

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