第10話散逸した書物

失い続けてなお信じたいものがあるとすれば一冊の書物の中に閉ざされた病める女の肖像画に描かれた枕頭の書の説く失楽園の物語であって、過剰装飾な庭園にはついぞ足を踏み入れることもできず、ひとたび足先を踏み出そうとすれば非実在の罪人の焼鏝を押しつけられ、形而上学の美として私たちの頭の上に仮定された神の司牧する人形たちはまどろむばかりで愛を語ろうとはしない。それゆえに私は彼らを慕うのだが、天地の尽き果てるときまで私の腕の中に抱かれることはなく、ビニールの梱包材に包まれて眠る彼らは電子の海へと消えてゆく。書物はやがて散逸し、虚空へ羽ばたいて燔祭の炎の中で昇天し、その黒煙はケルビムの脳髄の中へと吸い込まれてゆく。渦巻く文字の中にあの病める女の肖像画がふたたび形をなすのも一瞬のことで、まもなく混沌の中へと消えてゆき、原型をとどめずに散り果てるまで神への告白は持続する。


Prayer X/King Gnuを聴きながら

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