第9話百年に一度きり
首輪をつけても飼い主はもういない。何年も何年もあなたの声、あなたの言葉、あなたの指、あなたの唇を待ちつづけて、夢の狭間でもう一度会えることを願って眠りにつくけれど、ついぞあなたは姿を見せない。幾度となく繰り返し再生するあのたった一日の中で、私は同じ言葉を紡ごうとするけれど、呪文は忘れてしまったから、砂浜で血みどろになった男の首や、荒々しく鰻を食らう男の姿だけが暗い部屋のスクリーンの中にぼんやり浮かんで、そこに取り残されてしまう。あれきり観なくなってしまった映画の中に、あるいは闇夜の虚しい和室のどこかにあなたのたましいがいる気がして、小さな声でそっと名前を呼ぶ。口をついて出るのはうつくしいハンドルネームばかりで、本当の名前は心の奥底にしまっている。呼べばきっとあなたが顕われて、少し乱雑な手つきで私の首輪をはめ直してくれるとわかっているけれど、百年にたった一度きりしか使えない呪いだから、あなたが教えてくれた十年前の歌を何度も何度もなぞって、あなたの姿をできるだけ正確に、手が触れられるほど緻密にとどめておこうと毎日のように儀式を繰り返しても、あなたの輪郭はだんだんぼやけてしまう。
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