第24話 白木綿と黒羽


 漆黒の鋼鉄船。

 チェスター海賊船の甲板では、二人のモンスターが対峙していた。


 政府要人から海賊、マフィア、財界人まであらゆるところに顔が利き、大剣を振るって凶悪な海賊の悉(ことごと)くを狩る白木綿(キャラコ)のミスティエ。

 アデル3大海賊団の一つチェスター海賊団の船長であり、豊富な資金力と政治力、そして圧倒的な戦闘能力(インテンシティ)で海と陸の両方を牛耳る黒羽(ベーゼ)のディアボロ。


 二人が邂逅することはそれだけで事件だと言えた。

 仮にこの場で両者が闘うようなことにでもなれば、海の権力バランスが崩れ、一気に戦乱の時代を迎える可能性すらあった。

 ミスティエはその意味を認識しており、おそらくディアボロが自分の考えを見透かしているであろうことも承知していた。


 どう転ぶか分からない。

 一触即発。

 だからこそ、面白いじゃねえか。


 決して歓迎できる事態ではないのに、彼女はそんなに悪い気分ではなかった。


 ミスティエの両脇には副船長のエリーと狙撃手のシーシーがいた。


 シーシーは腕を組み、口元に笑みを浮かべながら、いっそ楽し気な様子で敵を睨みつけている。

 エリーはやる気のなさそうな三白眼で、ぼんやりと相手を眺めていた。


 一方、ディアボロの傍らには副船長がおり、その後ろに100人の乗組員(クルー)がずらりと控えている。

 

 ディアボロは黒羽のついた漆黒のコートを羽織っており、背の高い椅子に足を組んで座っていた。

 アームレストに肘を置き、手のひらに顎を乗せて値踏みするようにこちらを見ている。


 オールバックに撫でつけた総髪の黒髪。

 何もかも見透かしているようなシンメトリーの瞳。

 ぞっとするほどバランスの整った美しい顔をしていた。


 それからミスティエは傍らで如才なく直立する副船長、ルサールカに目をやった。

 彼は身の丈3メートルはあろうかという大男で、額には大きな角が生えていた。

 船長(ディアボロ)に倣って黒ずくめのスーツを着ていて、目にはサングラスをかけている。


 こいつ、強ぇな。

 

 ミスティエはほとんど本能的に感じていた。

 この副船長(ルサールカ)の戦闘力も思っていたよりもずっと高い。

 おそらく、一対一(サシ)で戦(や)ってもシーシーでは10回やれば9回は負ける。

 エリーでも勝率は60%がやっとというところか。


 それから――後ろに控える男たち。

 甲板長や操舵長も粒ぞろいだ。

 一人ひとりが並の海賊団をつぶせるくらいの力を持っている。


 ディアボロの力は未知数だが――

 総力戦になれば、およそ勝ち目はないだろう。


「こんにちは」

 チェスター海賊団船長――ディアボロが口を開いた。

「初めましてだよね、ミスティエ。噂は聞いてたけど、実物はキレイで驚いたよ」


「あたしも驚いたね。まさか悪魔とまで言われる男がこんな優男とは」

 ミスティエは口の端をあげた。

「海賊なんかより燕の方が向いてるんじゃないか。色男」


「口を慎んでくだせェ、ミスティエさん」

 甲板長――サヴライが前に進み出る。

「自分の状況ってものを考えてくだせえや。今、お前さんがたの命はうちの船長が握っているンだ」


「すっこんでろ、三下」

 ミスティエはサヴライを睨みつけた。

「いいか。あたしはお前らに媚びるつもりは毛頭ない。あたしの命を握っているのはあたしだ。お前らには何の選択権もない」


「俺たち全員相手に喧嘩しようってンですかい?」

「やってもいいぜ」


 ミスティエは口の端を上げた。


 バラララッ、という音ともにシーシーの背後に無数の銃器が浮かび上がる。

 ライフル、マシンガン、ランチャーなど、大小様々な武器のオンパレードだ。

 その銃口のどれもが、チェスター海賊団に向いている。


 そして同時に、エリーが魔力を発露させた。

 すると足元にメランコリアの魔法陣が表出され、3人の周りに半透明のドーム型の障壁が顕在した。

 さらに上空には巨大な氷の塊が顕現し、パキキ、という音と共に切っ先が割れて鋭角に尖る。

 その刃はディアボロを狙っていた。


「くっく」

 ディアボロは口元に手を当てて肩を揺らした。

「もちろん、分かってるさ。白木綿(キャラコ)は誰にも平伏しないんだろ。そうでなくっちゃ面白くない。だが、俺たちにも俺たちの事情がある」


「事情?」

「マイア島のことだ」


 副船長――ルサールカが口を挟んだ。


「貴様がゼルビーを殺したことで、うちの資金源の一つが奪われたのだ」

「あっそ。そいつはお気の毒だったな」

「どうしてゼルビーを殺した」

「仕事だ」

「だとしてもだ。捕まえて裁判にかければ、それで済んだはずだろう」

「馬鹿野郎。それじゃあ、お前らが手を回してゼルビーは逃げちまうだろ」

「それで何が困る。海軍からの依頼ならそれで十分だったはずだ。まさか、正義を謳う気ではないだろうな」

「謳うか、アホ」

「ではなぜだ」

「そういう依頼だったからだよ」

「依頼?」

「そうだ」


 ミスティエは顎を上げた。


「ゼルビーはひと月前、民間の旅客船を襲った。だが交渉がうまく行かず、あいつらは乗客の全員を殺した。そこまでならまだよかった。しかしその客の中に、身分を隠して恋人と駆け落ちしようとしていたとある大物の令嬢がいたんだ。おっさんは大層怒ってたぜ。なにしろ、40を過ぎてようやく出来た、可愛い可愛い一人娘だったからな」

「なるほど……最初から、ゼルビーを殺すことが目的だったのか」

「そういうことだ。要するにドジをふんだんだよ、あいつは」


 ミスティエは肩を竦めた。

 ルサールカはサングラスを外し、目を細めてミスティエを見た。


 ――ふざけるな

 

 と、その時。

 ディアボロが声を発した。


 それを合図にしたように、辺りの空気が一変した。

 途端に、世界中の不吉を集めたような禍々しいオーラがミスティエたちを包み込んだ。


「お前たちのことなど知ったことではないんだよ、ミスティエ。大事なのはうちの縄張りが一つ無くなったという、その事実だけ」


 息をするのも苦心するほどの強烈なプレッシャー。

 ミスティエは額に汗を滲ませた。


「何が望みだ?」


 ミスティエはディアボロをねめつけた。


「そう怖い顔をするな。別に取って食おうというわけじゃない」


 ディアボロは柔和な顔つきに戻った。

 だが、圧力は変わっていない。


「少し手を貸してくれればいい」

「手を貸せ、だと?」


 予想外の言葉に、ミスティエは眉を寄せた。


「まさか、あたしらにマイア炭鉱の利権を取り戻せとでも言うのか」

「いや。あんな島はもうどうでもいい」

「では、なんだ」


 実は、とディアボロはにやりと口角を上げた。


「実は、ヌンド大陸にあるとある国の民が強権に不満を募らせていてな。近々、武装蜂起が起きる」

「武装蜂起?」


 ミスティエは眉を寄せた。

 火薬庫のように不穏な単語に心がざわめく。


 そうだ、とディアボロは頷いた。


「俺たちはその国の革命軍と裏で手を組んでいてな。武器やら兵糧やら、何かと力を貸してやってるんだ。その見返りとして、革命が為った暁には、国にある資源の一部をもらうことになっている」

「資源の一部?」

「油田だよ」

「油田だと? そんなもの、どうするんだ」

「そんなもの? くっく。滅多なことを言うもんじゃない」


 いいか、とディアボロは手を広げた。


「これからの時代は石炭ではなく石油だ。石炭は採掘にコストがかかりすぎる上に利便性に乏しい。運ぶのも骨が折れる。しかし、石油は違う。一度掘り当てれば勝手に噴出するし、パイプラインを創り上げれば安定供給が出来、かつ運搬費用もかからない。まさに夢の資源だ。これから20年後には、エネルギーのヒエラルキーは完全に逆転しているはずだ」


 にわかには信じられない話だ。

 だが――戦争にまで手を出す以上、奴らが本気であることは間違いない。


 しかし――とミスティエは舌打ちをした。

 ここまで話すということは、向こうもこちらをただで帰すつもりはないということだ。


「俺たちはどうしてもこの革命を成功させたいんだ」

「つまり、あたしらにもその内戦に参加しろと」

「ゼルビーを殺したキミたちにはその義理がある。そう思わないか」

「断る、と言ったら?」

「殺す。今すぐ、ここでな」


 ディアボロはそこでようやく立ち上がった。

 すると、彼の影が彼を中心にして円状に広がり、やがて船全体を包み込んだ。


 途端に、その場の重力が数倍にも増えたような感覚がミスティエを襲った。

 腕や体が鉛のように重い。


 漆黒の領域に、エリーの魔法陣も飲み込まれた。

 シーシーが顕現させていた武器たちも消え、代わりに、ディアボロのオーラは何倍にも増幅していく。


「な、なんだー、これ! 気持ち悪ぃぞ!」

 シーシーは目を丸くして辺りを見回した。


「……上手く魔力が発露しない」

 エリーは不機嫌そうにつぶやく。

 

「へえ」

 ミスティエは背中に冷たい汗をかきながら、ぺろりと唇を舐めた。

「なるほど。これがあんたの“能力”ってわけか」


 死ぬほど嫌な力だ。


「俺なりの自己紹介(サービス)だよ」

 ディアボロはベロを出した。

「どうだ? 一時的でいい。俺の下につかないか。お前の強さが必要なんだ、ミスティエ」


 断れば殺す、か。

 ふざけた野郎だ。

 自分が絶対の強者であり、それ以外は屈服するのが当然だと思っていやがる。


 ミスティエは鼻先を親指で擦り、微笑した。


 ――くれぐれも慎重に行動してください。


 ポラの助言が脳裏をよぎる。

 やれやれ。

 またあいつにどやされそうだな。


「何を悩むことがある。俺の下につくのがそんなに嫌か」


 ディアボロが答えを急く。

 ミスティエは目を細めた。

 それからポケットに手を突っ込み、偉そうにふんぞり返りながら、こう返したのだった。



「絶対に嫌だね」


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