第23話 推理


「ここからの話はあくまで私の推測です」


 そう前置きをして、ポラは説明を始めた。


「実は、ムンターには大規模な奴隷農場があるんです。彼(か)の国は酷い内戦から立ち直り、現在急速に近代化が進んでいますが、実は未だに田舎の方へ行くと遺物のような商売が成り立っている。経済成長を優先するあまり、地方まで為政が行き届いてないんですね。そして、今の時代、密売をするとしたら麻薬か武器か奴隷しかない。麻薬で船は傾きませんし、ムンターに武器商人がいるという話も聴いたことが無い。消去法で行っても、奴隷である可能性は高い」


 あまりの衝撃に、俺は言葉を失った。

 この足元の下に――奴隷たちが乗せられている?


 ちょっと待ってくれ、とキースが言った。


「ポラさん、あんたツヴァイが奴隷商だって言いたいのか? あり得ないよ。ウェンブリー社が奴隷の売買をしてるなんて聞いたことがねえ。ミスティエもそんなことは言ってなかった」

「ええ。そうでしょうね」

「矛盾するじゃねえか。もしや、ツヴァイが社に隠れて個人で奴隷貿易をしてるっていうのか? いや、そんなことは不可能だ。商売というのは絶対に痕跡が残る。金のやり取りを書類抜きに全て口約束でこなすのは無理だ」

「そうだと思います」

「ポラさん。からかっちゃいけねえよ。俺は真面目な話をしてるんだ」

「からかってなどいませんよ。キースさんの疑問は、ある一つの思い込みを無くせば全て解決します」

「思い込み――?」

「そうです。すなわち――」


 ポラは人差し指を立てた。


「ツヴァイさんが“本物のツヴァイである”という思い込みです」

「な――なんだと?」


 キースは目を丸くした。


「ポラさん、あんた一体なにを」

「キースさん。あなたはウェンブリー社からどのような説明を受けてましたか?」

「日時と場所の指定、それから社の人間が待っているということだけだ。担当の名前も聞いていたが――」


 キースはそこで言葉を止め、目を大きく見開いた。


「そ、そう言えば、ツヴァイは急遽担当が変更したと言っていた。とはいえ奴は役員証を持っていたし、そもそも船は本物のウェンブリー社のものだし、部下たちもウェンブリーのロゴの入った服を着ていた。だから、奴が偽物だなんて思いもしなかったのだが――もしかして」

「最初から、私たちは騙されていたんです。船長だけは目を見ただけで何か気付いたみたいでしたが」

「た、確かに言っていた。ツヴァイは何かを隠していると。し、しかし、役員証やウェンブリー社の制服は」

「私たちが来る前に奪ったものたちでしょうね」

「し、信じられん」

「トリックというものは、大げさで単純なものほど引っかかりやすいものなんです」


 ポラはヤードの方へと目を移し、貨物船を仰ぎ見た。


「なぜなら、そこには“思い込み”というバイアスがかかるからです。そんな馬鹿なことがあるはずがない。そんな奇跡が起こるはずがない。そういう先入観が人の思考を停止させるんですね」


 俺は息をのんだ。

 たしかに――あり得ないことじゃない。

 この船もツヴァイという男も、怪しすぎるのだ。


「では、ツヴァイを名乗るあの男は――ムンターの奴隷商?」

「私はそう思います。彼はツヴァイに成りすまして、我々が来る前に船ごと強奪し、積み荷を入れ替え、フリジアへいくことを計画した。そう考えれば、どうして商売をする予定もないのにこの大きな船を用意していたのかも説明がつきます」

「どういう意味です?」

「つまり、この船は元々別の場所へ貿易のために行く予定だったんです。思い出してください。ムンターの港には、3隻の船があった。そのうちの一つが小型であったことを覚えてますか? おそらく、あれが本来フリジアへ行く予定だった船です。そしておそらく、そちらに乗るのが本物のツヴァイさんだったのでしょう。ツヴァイの偽物が役員証を持っていたことから考えると、彼らも襲われたと考えるのが妥当でしょうね」


 たしかに――。

 そう考えれば、誘拐保険の件なども全てつじつまが合う。


「しかし――本当にそこまで大掛かりなことをやりますかね」


 と、俺は聞いた。

 船の強奪、なりすまし。

 田舎者の犯罪にしては、手が込みすぎている気がした。


「奴隷の取引相手はジュベ海賊団だ。裏で奴らが糸を引いてるなら、十分ありうる」


 ポラの代わりにキースが答えた。


「この計画は思ったよりずっと大規模なものかもしれねえ。フリジアは人を隠すのに持ってこいの街だ。田舎に行けば広大な土地もある。もしかすると、奴らはそこをムンターの支部として新しい奴隷農場にしやがるつもりかもしれねえ」


 キースは怒りの表情を浮かべた。

 フリジアは彼らのシマだ。

 よそ者が勝手に商売の拠点にするのは気に食わない話だろう。


 それから、とポラは続けた。


「それから、この船を追いかけてきているあの漁師船。あの人たちの正体も見当がつきます」

「漁船の正体?」


 俺は口を挟んだ。


「あの人たちのことも分かるんですか?」

「あくまで予想です。ですが、私の仮説が正しいなら、可能性は一つ。彼らは奴隷を取り返しに来た民間人、或いは身内か親族でしょう」

「奴隷を取り返しに?」

「奴隷というのはほとんどが貧困層からの誘拐です。追っ手の人たちは家族を奴隷として攫われ、その行方を捜していたんでしょう。そして、ついに奴隷をフリジアへ運ぶことを突き止めた。だから、それを阻止するために漁船で追って来たんです。しかし、そこで一つ問題が起きました。“キャラコ海賊船”が曳航されているのが見えたんです。船長のミスティエがいると、この船に乗り込んだところでただの民間人である彼らに勝ち目はない。かといって、このまま引き下がるわけにはいかない」

「だから――つかず離れず、様子を伺っていたのか」


 そういうことです、とポラは頷いた。


「彼らにとって、我々は招かれざる客だった。そしてそれは――奴隷商にとっても」

「どういうことですか?」

「奴隷商の本来の予定では、私たちが合流する前に出発する予定だった。しかし準備に手間取り、その前に私たちが来てしまった。だから本当ならリバポ商会の用意した護衛を殺し、そのままフリジアの闇港へ向かおうとしたはず。しかし、あろうことか護衛はあのミスティエだった。最初に挨拶したとき、彼はいかにも平静を装っていましたが、内心は穏やかではなかったはず。なぜなら――奴隷商にうちの船長は殺せないからです」


 操舵室でツヴァイ(の偽物)とミスティエが談笑していた姿を思い出す。

 あの時も、内心はかなりビビっていたのか。

 とてもそうは見えなかった。


 奴も――かなりのタマだ。


「しかし……だとしたらやべェな」


 キースがつぶやいた。

 忌々しい様子で親指の爪を噛んでいる。


「ど、どうしたんです?」

「そうです」


 キースの代わりにポラが答えた。


「今この船に、船長はいない。彼らが本性を現すとしたら――今しかない」

「そ、そうか」

「ただ、今のところこの話は全て推測の域を出ません。まずはこの下にある船倉を見ないことには話しにならない。どうにか、この部屋を確認しないと――」


 その時、パンパンパンッ、という銃声が船内に響いた。

 船尾楼の方角だ。

 俺たちが振り向くと、パパパパパ、と掃射するような銃の音が続けざまに聞こえた。


「今のは……銃声ですね」

「は、はい」

「かなり激しい音でしたが――」


 俺は体中から汗が噴き出した。

 嫌な予感に、頭より先に体が反応している。


「へっ。どうにも不味い展開になってきたな」


 キースは額に汗を滲ませ、うっすらと笑った。


「ここからは慎重に行動しましょう。ツヴァイは敵。そのように認識して動くんです」


 ポラは俺とキース、交互に目を見た。


 分かりました、と俺は言った。

 キースは無言でうなずく。


「船尾へ行ってみましょう」

「わ、分かりました」

「それから、キースさん」

「なんだ?」

「銃は何丁持ってますか?」

「3丁ある」

「一つ貸してください」

「扱えるのか?」

「これでも海賊ですから」


 ポラは強がるように顎を引いた。

 キースは苦笑し、懐から小さな拳銃を手渡した。


「最後に確認しておきます。銃を抜くのは最後の手段です。私が合図を出すまでは、くれぐれも戦闘態勢に入らないように」

「合図――ですか」

「はい。見ればわかる合図を出します。そして、もしも合図を出したら、一斉に威嚇してください」

「わ、分かりました」

「ただ、あくまで威嚇までです。絶対に撃ってはいけない。分かりましたね?」


 テキパキと指示を出す。

 ポラらしいと言えばらしいが――


 俺にはどうしても気になることがあった。

 

 彼女の目だ。

 先ほどから、光が消えている。

 その代わりに、怒りに似た感情を感じるのだ。


 ――ポラは頭が良いが時々バカだ。


 ミスティエの言葉が脳裏に蘇る。

 今の彼女には違和感がある。

 なんというか――いつもの冷静さがない。


「返事をしてください」


 ポラが焦れたように言う。


「は、はい」


 俺は頷いた。


「では、行きましょう。おそらく、船尾はかなり酷い有様になっていると思います。動揺しないよう、心を整えてください」


 ポラはそう言って、俺たちに先だって歩き出した。

 

 かなり酷い有様って――どういう意味だろうか。

 銃声が聞こえたが、もしかして誰かが死んでしまったんだろうか。


 背中に冷たい汗をかきながら、俺は彼女の後ろからついて歩いた。


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