第18話 探検
俺はシーシーに付き合ってウェンブリー社の貨物船の中を見て回ることになった。
強引に誘われたから、という体(てい)で振舞っていたものの、内心は少し楽しみだった。
男の子は「乗り物」というものに心が躍るものだ。
「さて、まずはどこに行きますかね」
俺は背中に張り付いているシーシーに聞いた。
「どこって、全部だ、全部。操舵室から船倉、船長室、それと機関室も見るぞ」
「い、いや、そんなところ入ったら怒られますよ」
「バレなきゃいいんよ」
「いや、そんな子供もみたいな」
「うるせー! さっさと行け!」
喚きながら、頭をワシャワシャされる。
こうなったら手が付けられない。
シーシーの癇癪に付き合うよりは、船員に怒られた方がましだ。
俺ははあと息を吐いて歩き出した。
Ж
それから。
俺とシーシーは船をくまなく見て回った。
幸いにも、船員たちは忙しく動き回っており、見咎められることはなかった。
甲板は10分ほどで全て見終わった。
大きい、と言っても、俺たちの世界の貨物船と比べれば随分小さい。
上甲板に積んである木製のコンテナの周りをぐるりと回って終わりである。
少し拍子抜けしてしまうのと同時に、俺たちの世界の文明の高度さに改めて驚かされた。
この船も十分に大きいのに、元世界のタンカーに比べると10分の1にも満たないのだ。
しかし、それでも積み上げられたコンテナはなかなか迫力があった。
全部で20個以上。
一辺が2メートルほどもありそうな大きな箱が20である。
ポラの言った通り、魔石を積んでいるにしてはコンテナの数が多い。
一度街にあるショップで見た『魔石』は大きくても石鹸くらいの大きさで、ほとんどは消しゴムくらいだった。
あれがこんな大きなコンテナに入っているとするなら――
これはもう、商売のために運んでいるとしか思えない。
海軍はまだ取引先をウェンブリー社に決定したわけではない。
確か、リバポ商会のジノ会長はそう言っていた。
明らかに矛盾している。
ポラが違和感を覚えるのは当然だ。
次に、俺たちは船のど真ん中、煙突の根本にある操舵室へ向かった。
だが、そこに至る階段の前には監視が立っていた。
2メートルぐらいありそうな大男だ。
どうします? とシーシーに聞くと、突っ込め、と返事が帰って来た。
「む、無理ですよ!」
「なんでだよ。余裕だろ。あんなやつ」
「僕はシーシーさんと違って普通の人間なんです!」
「はー。弱虫だなーポチは」
シーシーは右手をぐるぐる回した。
「しょーがないにゃー。うちがぶっ飛ばすか」
「や、やめてください! 無用なことでもめたら船長に怒られますって」
「ぶー」
「ぶーじゃないですよ。ここは僕たちの船じゃないんですから」
「でも見たい」
「えーっと……それじゃあ、外側から見ましょう。船首楼の方から見れば、操舵室の中もなんとか見えますよ」
「そんな遠くじゃ嫌だ」
シーシーはそこでヤードに目を移した。
「あ、そうだ! あそこから見ようぜ!」
「あそこって――いや、あんなとこに登ったら怒られますって!」
「うるせー! もう決めた!」
シーシーはそう言うと、ヤードの麓に向かって走り出した。
ウェンブリー社の貨物船にはヤードが一本だけ設えてあった。
マストはついておらず、代わりに三角の旗がついている。
突端から前後にロープが伸びており、それぞれが船首と操舵室に繋がっていた。
シーシーはするするとヤードに登った。
俺はどうするべきか逡巡したが――結局はついていった。
ここで逃げたらあとで何をされるか分からない。
「おっほー。見える見える」
ヤードの突端に着くと、シーシーは楽しそうに言った。
俺はシーシーの少し下で、景色を見回した。
船が大きな分、建てられたヤードもものすごく高い。
てっぺんからは船の隅々が見渡せた。
つと、その時、俺は何か違和感を感じた。
――景色が微かに傾いている?
そうだ。
間違いない。
下にいたときは気付かなかったが、どうやら、この柱は少し船首側に傾いているようだ。
そこで、はたと思い付く。
ヤードというのは甲板に対して垂直になるよう造られているはず。
ならばこれは、ヤードが斜めになっているわけじゃなく――
ああ、そうか。
遠くから、この船を見たときの違和感の正体はこれだったんだ。
二つの船が並んでいたけれど、微かにこちらの船だけが斜めに傾いていたのだ。
船尾ではなく船首が沈んでいるのが、変な感じだったんだろう。
しかし、この大きな船が傾くということは、あの船首楼にある積荷の重さは相当なものだ。
どうやら、あの大きさのコンテナにはやはり、かなりの量の魔石が詰まっているらしい。
「すっげー。なんかいっぱい管がついてる」
あれこれ考えていると、シーシーが感心したように言った。
「もういいでしょ? さ、降りましょう」
「ポチも見てみろよ。すげーかっけーぞ、あの操舵室」
ヤードの先端にしがみつきながら、俺も操舵室へと目をやる。
すると、操舵室には操舵長らしき人間と、もう二人ほど人の姿が見えた。
それが誰であるか認識したとき、俺は背中に冷たい汗をかいた。
あれは――ツヴァイとミスティエだ。
「ヤバイですよ! 操舵室に船長がいます!」
俺は大声を小声で言った。
幸運にも、二人は何やら話し込んでいてこちらに気付いてはいない。
「お、ほんとだ! ミスティエじゃねーか! おーい!」
だっていうのに、シーシーは手をぶんぶんと振ってアピールする。
「駄目ですって!」
俺は注意した。
しかし、彼女が言うことを聞くはずもなかった。
「お、このロープであそこまで行けるんじゃね?」
挙句、シーシーはヤードから伸びるロープに手を伸ばした。
それから猿のようにぶら下がり、前後にぶらぶら揺れて勢いをつけ始める。
ロープはヤードから操舵室にあるガラスの上部に繋がっている。
俺は目を見開いて、ごくりとつばを飲み込んだ。
この人、まさか――
「ウッキー!」
シーシーはロープを伝って、操舵室目がけてシャーと滑空した。
そうして、ビタン、とガラスに張り付いた。
ふぎゃ、と蛙の鳴き声のような声を出し、ガラスからずり落ちていく。
「……おめえ、何やってんだ」
ものすごく不機嫌そうなミスティエの口が、そのように動くのが見えた。
完全に同意だ。
いやホント、何がしたいんだ、この人。
Ж
「いってーなー」
頭をさすりながら、シーシーは言った。
「何もゲンコツしなくてもいいのによー」
「い、いや、あれはシーシーさんが悪いですって」
「なんでだよー」
「船長、多分大事な話をしてたと思いますよ」
「知らねーっつの」
俺はまた大きなため息を吐いた。
頭がズキズキする。
なぜだか、俺も一緒にゲンコツを食らったのだ。
「よーし、そんじゃ次は機関室だ」
「ま、まだ見学するんですか」
「たりめーだろ」
シーシーはぺろりと唇を舐めた。
「来い。こっちだ」
俺は後頭部をガリガリと掻いてから、彼女の後を追った。
Ж
シーシーは操舵室のあるデッキの後部にある昇降口へ向かった。
どうやら、ここから船の内部へと入れるらしい。
内部に入ると、急に通路が狭くなった。
陽の光が遮られたせいでとても薄暗い。
ゴーンゴーンという音がして、辺りには油や炭が焦げたような臭いが充満していた。
「うひひ。すげー。なんかすげーぞ」
シーシーは嬉しそうに奥へ進んだ。
すると、少し広い小部屋に着いた。
そこには扉が一つついており、その前にはまた見張りがいた。
今度は2人もいる。
しかも、腰には物々しい銃も携帯していた。
これはさすがにヤバイだろう。
「帰りましょう」
廊下の角から目だけ出しながら、俺は小声でシーシーに言った。
「機関室は無理ですね」
「うん。そうだな」
「え?」
てっきりまた駄々をこねると思っていた俺は拍子抜けした。
「いいんですか?」
「いいよ」
「や、やけにあっさりと諦めますね」
「だって、あいつらただの警備じゃねーもん」
「あの二人、ですか?」
「そ。プロだな。プロの戦闘員」
「そんなに……強そうなんですか」
「強い弱いの話じゃねーよ。戦えば100%うちが勝つ。ただ」
「ただ?」
「殺さずに勝つ自信はない。あいつらと戦ったら、きっと生き死にの話になる。奴ら、おそらくどれだけ痛めつけられても、死ぬまで戦うことを止めねーだろ」
そういう目をしてる、とシーシーは言った。
俺は息を飲んだ。
クライアントの船員と揉めた挙句、殺してしまったらシャレにならない。
大問題なんていうレベルじゃない。
いつになく真剣なシーシーの横顔。
どうやら、あの二人のヤバさはガチのようだ。
「よし。じゃー別のとこにいくぞ」
シーシーはパッと表情を戻すと、踵を返し、別の方向へ向かった。
「ま、待ってください」
俺は慌てて追いかけた。
Ж
甲板に戻る途中、いきなりシーシーが立ち止まった。
「お、ここはなんだ?」
どうやら、また別の扉を見つけたらしい。
この子供は好奇心の塊である。
よいしょっと、とシーシーは無造作に扉を開けた。
ほとんど同時に、いきなり「ゴーンゴーン」という音が大きくなる。
中のタラップに降りて、蒸気だらけの室内を見回す。
そこは巨大なエンジンルームになっており、そこではたくさんの船員が石炭をくべていた。
部屋の中央では、巨大なタービンがいくつも機械的にピストン運動をしていた。
「すげー!」
シーシーは目を輝かせた。
「どうやら、ここが機関室みたいですね!」
騒音に負けぬよう、俺は大きな声で言った。
「すっげー! こんなんなってるんだ!」
シーシーはいよいよ興奮し、タラップの上でぴょんぴょんと跳ねた。
たしかに、これはすごい。
俺もちょっと感動した。
蒸気船のタービンはこうやって動いているのか。
だが――しかし。
俺はそれより、気にかかることがあった。
機関室はここだった。
では、さっきの厳重に警戒された部屋はいったい何だったんだろうか。
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