第19話 かくれんぼ


「じゃー次はいよいよかくれんぼだ!」


 甲板に戻ると、シーシーは右手を突き上げ、開口一番そう言った。


「ま……まだやるんですか」

 俺はため息を吐いた。

「そろそろ監視に戻らないと。ポラさんに任せてしまってるし」


「うるせー! ここからが本番だろ!」

 ぷんぷんである。

「なんのために船内を見て回ったと思ってんだ。全てはかくれんぼのためだろ!」


 そうだったんだ。

 

「分かりました。それじゃあ、一回だけですよ」

「よーし。じゃあ、うちが鬼やる。30秒やるから逃げろ」

「はい」

「あ、言っとくけど」

「はい?」

「真剣にやれよ。5分以内に見つけたら死刑な」

「……はい?」


 俺は思わず顎を突き出した。

 だが、シーシーは両目を出て押さえ「いーち、にーい」と数えだしている。


 俺は踵を返して走り出した。

 あの人なら――やりかねない。


 Ж


 俺はまず、船の内部へと降りるために昇降口に向かった。

 それからその扉を開け、中へは入らずにわざとそのまま放置した。

 

 単純なシーシーのことだ。

 多分、好奇心に勝てずこの扉のトラップに引っ掛かる。

 彼女がこの中にミスリードされてくれれば、5分はすぐに経つはずだ。


 そして、肝心の隠れ場所だが。

 実は、すぐに思いついていた。


 俺はコンテナを積み上げている上甲板へと向かった。

 その中でも一番船首に近い箱の場所は、積み方が杜撰で隙間が迷路のようになっているのを見ていた。

 あの狭間に入り込めば、ヤードから船全体を眺めても見えないし、わざわざ登ってみないとシーシーの目も届かない。

 万が一登って来ても、足音がしたら反対側に逃げ込めばいい。

 別にここまでマジになることもないんだけど――5分以内に捕まったら何をされるか分からない。

 

 甲板に着くと、早速コンテナをよじ登り、間に体を滑り込ませる。

 隙間は思ったより幅が広く、隠れ場所としては意外と快適だった。


 逃げるルートを確認しておこうと思い、隙間を見て回る。

 すると、隙間の一番奥の所に誰かが座っているのが見えた。

 

 心臓が止まるかと思った。

 どうして――こんなところに人が。


「あら」


 その人は俺に気付いて、持っていた本を閉じた。

 暗がりで顔はよく見えないが――この声はエリーだ。


「どうしたの。こんなところに」


 それはこっちのセリフである。


 エリーとはまだほとんど話したことが無い。

 知っているのは、魔法使いであることと寝起きが悪いこと、それから面倒くさがりであるということくらい。


 しかしなんでこの人、コンテナの隙間なんかにいるんだ。


「すいません。エリーさん、ここにいらっしゃったんですか」

「人が多いの嫌いなの。なんかすごい騒がしいし」

「そうですね。たしかに、結構騒がしいですよね」

「で、タナカ君は何をしに来たの?」


 軽い感動を覚えた。

 エリーさん、まともに面識もないのに、俺の名前を憶えててくれたんだ。


 しかも――ちゃんと名前で呼んでくれた。


「あの、ありがとうございます」

「なにが?」

「いえあの、僕の名前、ちゃんと呼んでくれて」

「ああ」


 エリーは肩を竦めた。


「うちの連中はデリカシーがないのよね。人をポチなんて呼んで」

「いえ、それは別にいいんです。僕は下っ端なんで」

「ほんと、人を見た目で判断しちゃ駄目よね」


 あの、それはどういう意味でしょうか。

 ……俺ってそんなに「ポチ」っぽいんだろうか。


「で? ここには何をしに来たの」 

「あ、ああ、僕は今、シーシーさんとかくれんぼをしてまして」

「かくれんぼ?」


 エリーは呆れたようにはあと息を吐いた。


「なにそれ。子供じゃない」

「そうなんですよ……あの人、どうもそういう遊びが好きみたいで」

「お守りも大変ね。でも、ふーん、ちょっと意外」


 彼女は右耳に長い髪をかけた。

 小さめの耳には黒い石のピアスがつけてあった。


「なにが意外なんですか?」

「シーは人見知りがひどいから。他人に懐くの珍しい」

「へえ……そうなんですか」


 あのおてんばが人見知り?

 俺は腕を組んで首を捻った。

 ……いや、そんなナイーブな人には見えないけど。


 それきり、会話が途絶えた。

 思ったより喋ってくれるけど――彼女は口数が少ない。


 エリーは気持ちよさそうに目を瞑っている。

 ひんやりとした風が、彼女の美しい銀髪を揺らす。


 しかし、彼女もまたえらい美人だ。

 ミスティエやポラとはタイプが違うけど、なんというか、クールビューティーって感じ。

 流し目とかされるとドキドキしてしまう。


 俺は彼女から少し離れたところに腰かけた。


 コンテナの隙間は日陰になっていて心地よかった。

 なるほど。

 ここなら読書するのにちょうどいい。

 

 しかし――なんというか、俺自身はそんなに居心地がよくない。

 こんな狭いスペースに女の人といて、沈黙が続くとどうしていいのか分からない。


「あ、読書の最中でしたか? 邪魔なら場所を変えますけど」


 俺は言った。


「別に。本は今読み終わったところだし」

「あ、そうすか」


 そして、また沈黙。

 どうも会話が続かない。


「あの、エリーさんってどういう本を読まれてるんですか?」

「なんでも読むけど」

「やっぱり恋愛小説とか」

「なんでもはなんでもよ。恋愛小説も読むし、他のものも読む」

「へえ。雑食なんですね。それじゃ、例えば、さっき読んでたのはどんな本なんです?」


 エリーは胸に抱いていた本をこちらに見せた。


「これ。『螺子(ねじ)と釘に見る固着具の歴史』」

「ね、ネジと釘?」

「前に読んでたのは『曲線としての幾何学模様』。その前は『人体寄生虫マニュアル』と『狩猟用木材加工大全』。それから――」

「か、変わった本をお読みですね」


 俺はアハハと愛想笑いを浮かべた。

 いや、読んでるジャンルにクセがありすぎだろ。


「そうかしら。本に変わってるも変わってないもないじゃない」

「でもそれ、面白いんですか?」

「うん。私、本ならなんでもいいの。なんでも面白いから」


 エリーは無表情で言う。

 正直、俺にはよくわからない感覚だ。

 とりあえず、活字が大好きなのはよくわかった。


 そして、また沈黙。

 話せば返してくれるが、向こうから話題を振りまいてくれることはない。


 俺も決して会話が上手い方じゃない。

 こうして訪れる静寂は……結構しんどい。


「し、しかし、偶然いいところがありましたね。休憩には持ってこいの場所だ」


 俺は無理やり話題を絞り出した。


「あら。偶然じゃないわよ」

「え?」

「このコンテナ、私が動かしたの」

「そ、そうなんですか!?」

「うん」

「す、すごい力ですね。こんな重いものを」


 俺は「はぇー」と間抜けな声を出した。

 

「やっぱり、キャラコ海賊団ってみんなすごく腕力があるんですね」

「そんなことない」

 エリーは短く首を振った。

「私はミスたちと違って普通。多分、タナカ君より非力だわ」


「い、いや、普通じゃないっすよ! こんな重いものを」

「重くない」

「え?」

「だから、この木箱のコンテナは重くないの。中身空っぽだもの」

「嘘でしょ?」


 俺は立ち上がった。

 それから、横にあるコンテナを試しに押してみた。

 ぐ、と力をこめるとズズと微かにずれた。


 続いて、ドンドンと叩いてみる。

 すると、外板が振動し、音が中に響いた。

 空洞だ。


「これは――どういうことだ」


 俺は驚いて眉根を寄せた。


 積荷は空だった。

 つまり、ウェンブリー社はやはり海軍に会いに行くのが目的で、積み荷など最初から積んでいないのだ。


 では――なぜ、わざわざ海賊に狙われやすいこんな目立つ貨物船で移動するのか。


 おかしいことは他にもある。

 積荷を積んでいないなら――なぜこの船は前に傾いている・・・・・・・のか。


 どうにも、この船はおかしいところだらけだ。


 あのツヴァイという男。

 追ってくる漁師船。

 空のコンテナ。


 この航海(しごと)、ただの要人警護ではないのではないか。


「す、すいません。ちょっと失礼します」


 そう言い残し、俺はコンテナの隙間から飛び降り、ポラの元へと向かった。


 

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