第13話 祭壇


 ワキドナは踵を返すと、ホールの最も奥にある祭壇の方へと向かった。

 俺は少し躊躇ったが、促されるまま彼女について行った。


 先ほどの二人の会話は全く意味がわからなかった。

 オートマチックとかM1911とか、俺がド素人とか、いったいなんの話だろうか。


 今日、俺たちはここにおもちゃを買いに来たはずなんだが――



 うーん。

 どうにもきな臭い。


 ワキドナは壇につくと、すぐ横にあるステンドグラスのはめ込まれた壁を押した。

 すると――なんと壁がずれ、扉が浮かび上がった。


 彼女はモニュメントの一部に手をかけ、ふん、と言ってそれを引いた。

 ゴゴゴ……という重々しい音をして厚さ20センチほどもあろうかというそれが開く。

 

「さ、行くよ」


 ワキドナは俺たちを促すように頭を振った。

 そして、扉の奥の暗闇へと消えていく。


 さっきから、老婆とは思えないムーブ。

 ましてや、シスターには到底見えないんだが――。


「い、行くって――」


 俺は扉の中を恐る恐る覗いた。

 そこには地下へと続く階段が設えてあり、暗闇へと続いていた。


「さっさと行け」


 シーシーに急かされ、せっつかれる様にして扉の中へと入る。

 中には光源がなく、とても暗くて目を凝らさないとステップが見えない。

 ヒンヤリとした風が階下から吹き上げてきて、俺の前髪を揺らした。


「早く行けって」

「そ、そんなこと言っても、暗くて」


 俺は恐る恐る階段を下って行った。

 両手を広げると、右手が壁に当たる。

 それでバランスをとりながら、なんとか下っていく。


「おい。危ないぞ。ちゃんと歩け」


 頭上でシーシーが指図を出す。

 いや、そう思うならいい加減降りてくださいよ。

 心でそう思いながら、「すいません」と謝った。


 一分ほど降りたところで、白い光が漏れているのが見えた。

 結構深い。

 どうして教会に、しかも祭壇の奥にこのような隠し部屋があるのか。


 嫌な予感に汗をにじませていると、一番下までたどり着いた。


 まばゆい光に一瞬、目がくらむ。

 その目が慣れたとき、俺は眼前の光景に息をのんだ。


「なんだこれ――」


 室内には大小さまざまな銃器が整然と置かれていた。


 拳銃。

 小銃。

 狙撃銃。

 ショットガン。

 マシンガンに、そして――


 ロケットランチャーやグレネードランチャーまで。


 そして、その奥にはくすんだ深緑色の鉄製の棚が整列しており、そこには実弾や弾倉などがはみ出るように雑然と置いてある。

 まるで軍隊かなにかの武器庫だ。

 こんなの、テレビゲームでしか見たことねえ。


 教会の地下に――こんな場所があるなんて。


「シーシーさん、おもちゃってまさか」

 俺は目を見開いた。


「銃だよ」

 シーシーはこともなく言った。


 思わず息をのむ。

 部屋を掃除したお礼に、銃をプレゼント。

 なんていう非現実的な女の子だ。


「ああ、あったあった。これだよ」

 ワキドナが奥から、一丁の拳銃を持って現れた。


「ほっほー。ちょっと見せちくり」


 シーシーはそこでようやく俺の肩から降りた。

 銃を受け取ると、目を丸くして嘗め回すようにしてそれを見る。


 ワキドナは口元に笑みを浮かべて、説明を始めた。


「装弾数7+1のコルトガバメント。新しくバージョン展開された9ミリパラベラム弾に対応したダンド社製のニュータイプさね。初心者には少々威力がありすぎるが、リボルバーよりはこっちの方が坊やには扱いやすいだろうよ」


 その間も、シーシーは銃を眺め続けた。


「……綺麗」


 やがて、うっとりしたようにつぶやく。

 いつものギャーギャー騒がしい感じではなく、真剣な表情で見惚れている。


 しかし、凶悪な銃器を手に恍惚な表情を浮かべる幼女というのもシュールな画だ。

 この子――本当に銃が好きなんだな。


「よし。じゃーこれ買う」

「毎度あり」


 シーシーはポケットをごそごそと漁り、皺くちゃの札をどちゃりとテーブルの上に置いた。


「足りるか?」

「えーっと、ちょっと待ってねー」


 ワキドナはそれを一枚一枚なめしたあと、親指をぺろりと舐めて数え始めた。


「ちょっと足りないけど、これでいいよ」

「サンキュー!」


 にこりと笑い、大きくうんとうなずく。

 それから、俺に向って「ん」と銃を突き出した。


「こ、これ、俺にくれるんですか?」

「おー。大事にしろよ」

「あ、ありがとうございます」


 めちゃくちゃ戸惑いながら、それを両手で受け取る。

 

 ずしり。


 思ったよりもずっと重い。


 銀色の銃身に茶色いグリップ。

 初めて銃を生で見たけど――ものすごくカッコいい。


 だが、これはただカッコいいだけのモデルガンじゃない。

 人を殺すことが出来る、正真正銘本物の武器だ。


 そう考えると、手のひらにぐっしょりと汗をかいた。


「そんじゃ、これから練習しに行くか」

「練習? なんのです?」

「銃を撃つ練習に決まってるだろ」

「マ……マジっすか」

「当たり前だろ。お前も、銃くらい撃てるようにならねーとな」


 シーシーはそう言うと、またするすると俺の体を登り、肩に乗った。


 正直、嫌だ。

 銃はカッコいいけど、撃ちたいとは全く思わない。

 いかなる理由があろうとも――人を殺す練習なんてしたくない。


「わ、分かりました」


 しかし、今の俺に拒否権はない。


 ――銃くらい扱えるようになっておけ。


 そんな風にミスティエも言っていた。

 まあ……この街で生きていくには必要なことなんだろう。

 俺は半ば強引に、無理やり自分を納得させた。


 Ж


 どこか特別な練習場に行くかと思ったら、何の変哲もない工場跡のような広場にやってきた。

 

 シーシーは十数メートル先に空き缶を置いて、とことこと俺の方に戻って来た。

 それから、自動拳銃(オートマチック)の仕組みについて教えてくれた。


 まず、弾倉(マガジン)と呼ばれるカートリッジ部分に弾を入れる。

 俺は言われた通り、鈍く金色に光る銃弾の一つひとつを丁寧に詰め込んでいった。

 すると、どうやら内部にバネのようなものがあるらしく、補充していくと反発があり、手が滑って一つ落としてしまう。

 苦心しながら弾をすべて入れ終えると、最後にその弾倉をグリップの底から差し入れた。


 準備はこれだけ。


 あとは銃身の上部についたスライドを引けば、弾の一発目が装填され、同時に撃鉄も起きた状態になり、安全装置を外せばもういつでも撃てる状態になってしまう。

 拍子抜けしてしまうほど簡単だ。

 

「構えてみろ」


 シーシーは少し離れた土管の上に足を組んで座り、そう指示を出した。

 なんだか、少し雰囲気が変わっている。

 俺はいつかテレビゲームで見たゲームキャラを思い出し、見よう見まねで銃を構えた。


「駄目だ」


 さっそくダメ出しを食らう。


「もっと足を広げろ。目安は自分の肩幅程度だ。それから、体の重心は少し前に意識する。肘は伸ばさず、少し曲げるんだ。膝も同じだ。突っ張らず、余裕を持たせる。右足は半歩下げろ。体は目標に向って正面に」


 言われた通りに動いてみる。

 すると、シーシーは「うん」と言って親指を立てた。


「悪くないぞ」

「そ、そうっすか」

「うん。いい感じ。お前、良い筋肉がついているな」

「き、筋肉、ですか?」

「そう。銃を撃つにはそれを支える土台がいるんだ」

「は、はあ。ありがとうございます」


 よくわからないが、とりあえず褒められた。


 手前みそだが、筋力には自信がある。

 野球部でピッチャーをやっていた俺は、もっと早い球を投げるために、冬休みの内に筋トレに励んでパワーをつけたのだ。


「特にケツがいいな。いい尻をしてる」

 エロ親父みたいなことを言いながら、シーシーは目を細めた。

「ポチ、意外と素質があるかも」

「そ、そうっすか」


 うーむ。

 褒められると嬉しくなる。

 まさにペットだな、と思わず苦笑してしまう。


「次は照準の合わせ方だ」


 足を組み替え、シーシーは続けた。


「銃口の先に凸型の突起があるだろう。それから、その手前に凹型のへこみが見えるはずだ。この二つを合致させ、その先に目標物が来るよう定めるんだ」


 もう一度、言われた通りにする。

 凸と凹が重なって……その先に空き缶。


「照準が定まったら、足を踏ん張れ。それからブレないように手首を固定し――」


 引き金トリガーを引け、とシーシーは言った。


 俺はごくりと息をのんだ。

 そして――思い切って引き金を引く。


 ドウッ。


 ものすごいノックバックが肩と上半身に跳ね返ってきた。

 想定外の衝撃に、思わずよろけてしまう。


 打つ瞬間にわずかに手元がぶれてしまったのか、弾は空き缶を掠めて後ろの壁にめり込んだ。

 

 俺は目を丸くして息をのんだ。

 銃を撃った。

 俺、本物の銃を撃ったよ。


 硝煙の臭いが鼻につく。

 わずかに手が震えている。


「ぶっぶー。はずれー」


 シーシーが口をとがらせて肩を竦めた。


「す、すいません」


 俺はぺこりと頭を下げた。


「謝る必要はねー。これから上手くなってけ」

「は、はい」

「これからは暇があったら練習しとけなー」

「はい」

「上手くいかなかったら、うちに聞け」

「わ、分かりました」

「よし。それじゃ、今日は静止した状態で空き缶を打ち抜けるようになるまでやるぞ」


 はい、と俺はうなずいた。

 そして、もう一度、銃を構えた。

 その時、手の震えはすでに消えていた。


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