第10話 アデル3大海賊


「へえ。そんなことがあったんですか」


 その日の夜。

 船室内で夜ご飯を食べなら、ポラに今日あったことを話した。


「は、はい。もう、生きた心地しませんでしたよ。ビルを出て、誰かに情報を教えろって脅されるんじゃないかって」

「仕方ないですね。それが船長のやり方ですから」

「……やっぱり、あれ、わざとなんすか?」

「ええ」


 ポラはにこりと笑った。

 俺ははあと息を吐き、丸いテーブルに乗った料理を口にした。


 今日のご飯はポラの手作りだ。

 陶器の皿の上に、青くて目の大きな魚の蒸し焼きが載っている。

 柑橘系やバジルみたいな香味が利いていて、すごくおいしい。


 ポラさん――戦闘は出来ないらしいけど、すごくスペックが高い。


「それで、ですね。明日、この仕事のことをシーシーさんに伝えてくれって船長に頼まれたんですが」

「シーシーちゃんに? うん。いいじゃないですか。ポチ君が行ったら、きっとシーシーちゃん喜びますよ」

「でもあの、僕、あの子の家知らないんですけど」

「地図を書いてあげます」

「えーっと、その、ポラさんは何か用事が?」

「はい。明日は税理士さんと会わなければならなくって」

「い、忙しいんですね」


 密かに落胆する。

 やっぱり、一人で行かないと駄目か。


「しかし、はあ、海軍が魔法に力をねー。まさか、魔法兵団でも構えるつもりかしら」


 ポラは一人ごちるように言い、首を傾げた。


「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」

「ん? 何ですか?」

「えっと、なんかみなさんの会話を聞いていたら、ジュベとかミュッヘンとか、やたらそういう海賊の名前が出てくるんですけど……その人たちは何者なんですか」

「海賊船の名前ですね」

「えーと、彼らは、その、なんていうか、キャラコ海賊団から見ると、敵なんですか?」

「敵? うーん。それはちょっと難しい質問だなあ」


 ポラはちょっと考えた。


「まあ、少なくとも味方ではないですから、敵は敵ですかね。ただ、私たちは前にも言った通り、傭兵ですから。あくまで依頼で動くので、単純に敵とかそういう感じでもないですかね。任務と無関係なら争うことはしません」

「では――今回の仕事で、彼らが襲ってくることはないんですかね」

「うーん。まあ、イエスかノーかで言えば、イエスになっちゃいますね。先ほどの話はあくまでうちら側の話で、向こうが襲う価値ありと判断すれば、大いに可能性はあります」

「襲う価値――ですか」

「彼らは海賊ですからね。巨大企業の人間なら、誘拐する理由は十分にありますね」

「な、なるほど」

「まあ、襲ってくるとしたらジュベ海賊団でしょうか。あそこは何でもありの野蛮な海賊ですから」


 やっぱりそうなんだ。

 たしか、ミスティエとジノも似たようなことを言っていた。


「その人たち――そんなにやばいんですか?」

「ええ。誘拐、略奪、暗殺、奴隷貿易、麻薬の密輸、その他もろもろ、必要ならどんな犯罪も躊躇なくやります。有り体にいえば、この海で最も危険な存在、ですかね」

「そ、そんなのが襲ってきたら――まずいんじゃないですか」

「まあ、船長の乗っているジュベ本隊の海賊船が来なければ大丈夫ですよ。うちのクルーなら」

「本隊の海賊船? えーと、海賊船には本隊以外にもなにかあるんですか?」

「ええ。大きな海賊団には、本隊の船と分隊の船があるんです。今現在、この入り湾にいる海賊はほとんど“アデル3大海賊団”のどれかに所属してます」

「アデル――3大海賊? なんですか、それ」

「ああ、知らないですか。それはそうですね。いい機会だから、この海のことを少し教えておきましょうか。この海の常識ですから」


 ポラはフォークを付け合わせのイモにぶすりと刺し、それを口に放り入れた。

 イモを咀嚼して飲み込んだ後、「話せば長くなるんですけど」と前置きを置いて、語り始める。


「現在、アデル湾には3つの巨大海賊組織が存在しています。一つは今言った“ジュベ海賊団”。そしてもう一つは“ミュッヘン海賊団”、そして最後の一つが、ポチ君が捕まってた“チェスター海賊団”です。そして、この3つの海賊団は戦力がほぼ拮抗しいるせいで、本隊は迂闊に動けないんですが、その代わり分隊が海賊行為を実行してます。例えば、ポチ君が捕まっていた海賊はチェスター海賊団傘下の分隊ゼルビー海賊団なんですね。彼らは基本的にはチェスター船長から許された範囲で行動しているんですが、わりかし自由が与えられているんです。まあ、所詮はならず者の集まりですからね。秩序だった動きは出来ない。それ故に、末端の海賊は末端の海賊で、独自の判断で犯罪行為をしている」


「つまり、実際にアデル湾で暴れてるのは親分ではなく、ただの子分だってことですか」

「そういうことです。本船が表立った罪を犯すことはほとんどありません」

「本船は、何故動けないんですか?」

「それはだから3大海賊団の戦力が拮抗してるからなんですけど……えーと、どういえばいいですかね」


 ポラは少し考えた後、フォークをくるりと回し「例えば」と言った。


「例えば、本隊が動いて大きなもめ事に発展してしまうと、その海賊団のトップがダメージを受けてしまう可能性があります。そうなった場合、残った2組がその隙をついて、弱った海賊団を潰しに来てしまうんですね」

「なるほど。でも、うーん」


 俺は手を組んで唸った。


「あの、よくわからないんですが、海賊って言うのは船長一人がやられるだけで、巨大な海賊組織全体がそんなに弱るもんですか?」

「ええ」

「船長がいなくなっても、残りの海賊が残っていれば戦力的にそこまで落ちないんじゃないんです?」

「いえいえ。船長がいなくなったら、その海賊団の戦力は半分以下に落ちますよ」

「それは何故です?」

「単純に、船長が強いからです」


 ポラは即答した。


「この『アデル3大海賊』の船長3人はそれぞれがみんな怪物クラスの強さですから。全体の5割は船長一人の力と言っても過言じゃないです。さらにいうなら、本隊には船長以外にも副船長や航海長など強い人ばかりが乗ってますからね。仮に本隊がやられたら、その海賊団は事実上の滅亡です」


 なるほど。

 それはつまり、逆を言えば「弱い海賊たちは強い海賊に所属することで自分たちの身を守っている」とも言えるわけか。


「なるほど……でも、そうなるとまた別の疑問が」

「なんでしょう」

「そんなに強いなら、そう簡単に船長はやられないんじゃないですか?」

「もちろん、滅多なことではかすり傷さえ負わないでしょう。しかし――この海には3大海賊に所属していないモンスターもいる」

「海賊に所属していない……モンスター?」

「まず、海軍ですね。それから、賞金(バウンティ)目当ての海賊狩りもいます。そして、ごく少数ですが風来坊の海賊もいますね。あとはマフィアとか自警団とか。それぞれの組織にそれぞれ猛者がいますからね。例えば――」


「例えば、ミスティエ船長のような?」

 俺は先回りして言った。


「ええ。そうです」

 ポラはにこりと笑った。

「うちの船長もアデル湾に生きる強者(モンスター)の一人です。あと有名なのは自警団である“フリジア騎士団”の団長であるタガタさんとか。そう言った、3大海賊の船長を殺すことは出来ないけれど、深いダメージを与えることのできる人たち。そういう人らと揉めたりすると、残りの二人の船長に隙を作ることになってしまうわけです」

「ははあ、なるほど」

「また、同じ理由で、3つの海賊同士はお互いに干渉はしません。小競り合いはしょっちゅうしてますけどね。本気でやりあうことはしません。二つの海賊団が潰しあえば、残った一つがアデル湾の覇者となるのは目に見えてますから。まあ、グダグダと言ってきましたが、つまりは――」


 ポラはそこで言葉を止め、指を3本立てた。


「アデル湾の海賊は、ジュベ・ミュッヘン・チェスターのいわゆる3すくみ状態になってるわけです」


 3大海賊団と、それに対抗する人たち。

 エブエ運河に集まるお金をめぐって、この人たちが争っているわけか。


「それにまあ――」

 と、ポラが続ける。

「そもそも、そう言った状況を抜きにしても、組織の規模が大きくなると、そのトップというものはおいそれと大それた行動は取れなくなって来るんです。それぞれ、裏で色んな組織と繋がってますからね。下手すると国同士の戦争にまで発展してしまう可能性もあります」

「せ、戦争――?」

「そうです。ミュッヘンなんかは武器商人やマフィアが後ろについてますし、チェスターは企業(スポンサー)が多いので資金は豊富です。そして、ジュベはガンボアという国の政府と繋がっていると言われます。ゆえに、この3すくみ状態が崩れると、それぞれが有してる利権を争って歯止めが利かなくなってしまうかもしれない」


 うへえ、と俺は妙な声を出してうなずいた。

 話のスケールがでかすぎてぴんと来ない。

 しかし、この海は無法地帯のようでいて、危ういところで均衡がとれているらしいということは分かった。


「ま、ものすごく大雑把に言えばそんな感じです。とにかく、私たちはそう言う海賊たちとやりあうわけですから、ポチ君には一刻も早く強くなってもらって、戦力になってもらわないと」

「い、いや、無理ですよ。僕、凡人ですし」

「そんなことないと思いますよ」

「え? それって、どういう意味です?」

「うちの船長、テキトーに見えますけど、ちゃんと見るとこは見てますから。きっと、何かの素質があるんだと思います」

「いやいや……買いかぶりですって。僕は世間知らずですけど、自分のことは誰よりも知ってます」

「あなたは自分のことしか知らないじゃないですか。船長は、1万人の海賊を知ってます」


 俺は目を大きく見開いて瞬かせた。


「僕に――海賊の才能があるって言うんですか?」


 思わず自分の拳を見つめる。

 この俺に、そんな力があるんだろうか。


「多分ですけど!」

「た、多分なんだ」


 俺が驚くと、ポラはくすりと笑った。


「とにかく、仕事がないときは、常に体を鍛えておいてください。それがすべての基本になります。いずれ、船長がポチ君にも戦闘のノウハウを教えてくれると思うので、それまでに出来るだけ鍛えておいてください」

「わ、分かりました」


 鍛える、と言っても何をすればいいのか。

 とりあえず、筋トレをしておこうか。

 それなら、今までやってきたことだから、なんとなく出来そうだ。


「ん! なにこれ! おいし!」


 ポラは俺が屋台で買ってきた肉まんみたいなものを頬張りながら言った。


「でしょ? 船長に聞いたんです」

「えー。船長ったら、なんでポチ君に教えて、私に教えてくれないの」


 少し膨れながら、ポラはそれにぱくりと食いついた。


   

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