第6話 ポチとポラ
「せ、船長、サヴァル中将と知り合いなんですか?」
サヴァルが店から出ていくと、ポラがそう言ってキャラコに詰め寄った。
「腐れ縁だ」
キャラコはふーとタバコをふかした。
「ふーん。ほーん」
「んだよ」
「なんか――良い雰囲気に見えましたけど」
「うるせえ」
「あ、ごまかした。あやしいなあ」
「うるせえ」
「もしかして、昔、ちょっと良い仲だったり?」
「殺すぞ」
「ひっ。す、すいません。調子に乗りました」
ポラはぺこぺこと頭を下げた。
しかし――たしかに、俺にもそのように見えた。
まるで、昔は恋人同士だったような。
「今日はもう寝る」
煙草を灰皿に押し付け、キャラコは立ち上がった。
「ポラ。ポチはお前と部屋を分け合え」
「はい。そのつもりでした」
「じゃあ、今日はもう休め。ご苦労だったな」
キャラコは先ほどサヴァルが投げた札束を無造作に掴んだ。
その中から、10数枚の札を抜き出してテーブルに投げた。
「ここはこれで払っておけ。余った分はお前らにやる」
そう言って、キャラコはすたすたと歩きだした。
「ありがとうございます」
その背中に向って、ポラが頭を下げる。
それから、ちらと俺の方を見る。
「あ、ありがとうございます!」
俺は慌てて立ち上がり、腰を折って礼を言った。
それから。
店を出た俺たちは、ポラの暮らしている家に向かうことになった。
外はすっかり陽が落ちていた。
昼間とはまるで違う顔がそこにあった。
街にはネオンが滔々と燈り、往来のそこここでスーツの男や艶めかしい女性が客引きを始めている。
「はい、これ。ポチ君の分ね」
ふと、先を歩いていたポラが、そう言って札を一枚差し出した。
「い、いいんですか?」
「いいって、なにが?」
「いやその――なんていうか、飯も食わせてもらったのに。お金なんてもらうと申し訳ないって言うか」
ポラはフフと笑った。
「ポチ君、ほんと変わってるね」
「そ、そうっすか」
「うん。差し出されたお金に遠慮する人間なんて、この街には一人もいないですから」
「そうなんですか」
「そうです。ポチ君もここで生きていくなら、覚えておいたほうが良いですよ。フリジアには3つの概念があるってことを」
「3つの概念、ですか」
「そ」
ポラはそう言うと、指を3本立てた。
そしてそれを一本づつ折りながら、次のように話した。
「善と悪、それからお金です」
「善悪と、お金」
「そう。ここではお金があれば善人も悪人もない。逆に言うと、お金さえあればどのようにも振舞えるんです。信用も人格も全てがお金で買えます。この街の善人は、みな裕福ですよ。ただ、ほとんどのお金持ちは悪人ですけどね」
なんというか、高校生の俺には少し難しい話だった。
けど――お金が大事であるということは、なんとなく理解した。
「ポチ君も、今みたいにお人好しでいたいなら、まずはお金持ちにならないと駄目ですよ」
ポラはそう言って、俺に札を強引に持たせた。
俺はそれをぎゅっと握りしめた。
「でも」
と、俺は言った。
「でも、ポラさんは善人じゃないですか」
「へ?」
「ものすごくお金持っているというわけじゃないのに、とても優しくていい人じゃないですか」
「そう見えます?」
「見えるって言うか、実際、僕はポラさんによくしてもらってて」
「うーん。そっかぁ」
ポラは小首をかしげた。
それからほっぺをほりほりと搔いた。
「なんかものすごい誤解が生まれてるようですねー。私は言われたことをやってるだけですから」
「でも、感謝してるんです」
「しなくていいですよ。するなら、シーシーちゃんにしてください」
「し、シーシーさんに?」
俺、彼女に頭を踏まれて、馬扱いされたんだけど。
「そうですよ。もしあの時、シーシーちゃんがポチ君のこと気に入らなかったら、今頃ポチ君、警察に捕まってますよ」
「ど、どういうことです」
「私が突き出したと思います。不法滞在者として」
「な、なんでそんなことを」
「怪しいですもん、ポチ君」
ポラはにこりと笑った。
「私、うちの船――キャラコ海賊団の不利になりそうなことは全て排除しますから。邪魔者は削除です」
「邪魔者――ですか、僕」
「ええ。邪魔ですよ」
「でも、僕を見てワクワクしたって」
「はい。しましたよ。でも、それとこれとは別です。興味はあっても、仲間にしようなんて思わないです。むしろ、個人的な意見を言うと、今からでも警察に連れて行きたいですし」
「や、やめてください」
「あはは。大丈夫です。そんなことをしません。もししたら、シーシーちゃんに殺されちゃう」
ぞくり、とした。
この人はとても合理的なだけで、決して温かい気持ちで接してくれているわけじゃないのだ。
でも――
俺はぎゅっと両手を握り締めた。
この人の柔らかな物腰で、正気を保てたことは事実だ。
「俺、頑張ります」
「頑張るって、いったい何を」
「ポラさんに、信用してもらえるように」
「信用?」
「はい。要するに、今の僕は、まだポラさんに信用されてないってことみたいですから」
「まあ……そういうことになりますかね」
「はい。だから、よろしくお願いします。どうか、見捨てないでください」
俺は深く頭を下げた。
ポラは少し戸惑ったようなそぶりを見せた。
「あの、だから、見捨てるも見捨てないも、私にはその決定権がなくってですね」
「分かってます。だからこれは、個人的な目標です」
「どういう意味ですか?」
「なんて言われようと、僕はポラさんが悪い人間とは思えません」
「いえ、あの、勝手にそんな風に思われても困るんですけど」
「根拠なく言ってるわけじゃありません」
「はい? それじゃ、何を根拠にそう思うんです?」
「勘です」
俺は胸を張っていった。
「勘?」
「はい。僕、勘は良い方なんで。直感が言ってます。ポラさんは良い人だって」
「なんですか、それ」
ポラは呆れたように苦笑した。
もちろん、半分は単なる願望だ。
そうあってほしいという願い。
でも、もう半分は本音だ。
ポラさん。
たしかに根拠ないけど、なんとなく、この人がいたらなんとかやっていけそうな気がする。
俺はさらに続けた。
「だから、僕はあくまで個人的に、ポラさんにも気に入られたいんです。当面は、それを目指して働きます」
「随分、ポジティブな思考ですね」
「前向きになれたのも、ポラさんのおかげですから」
俺はもう一度、ぶんと頭を下げた。
「私のおかげ、ですか」
ポラは少し驚いたように目を見開いた。
それから微かにほほ笑んで、「そんなこと、はじめて言われました」と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます