第3話 海賊狩り
ポラとシーシーはテキパキと動いて、ゼルビーの船とキャラコの船とを器用に
キャラコ船の船尾の2か所からロープを張り、ゼルビー船の一番前のマストの根っこに結んだ。
二人はさらにもう一本、同じように船尾と船首を結び付け、「アイアイサー」と声をあげた。
短い木製の橋を渡し、そこからキャラコの船へと乗り移った。
キャラコの船は海の色のような中型船だった。
ゼルビーの船より一回りほど小さいが、マストが3本あったり船首の先が細長くとがっていたりして、まるでカジキみたいなデザインがすごく格好よかった。
ポラとシーシーはマストに設えられているロープをするすると昇り、ばさりばさりと帆を下した。
中央の一番背の高い帆の先には、帽子に大剣の意匠の入った旗がはためいている。。
あの帽子と大剣。
両方とも、キャラコが身に着けているものだ。
この船のボスは、やっぱり彼女なのだ。
マストはすぐに風を孕み、船はゆっくりと前進を始めた。
意外と急発進で、俺はよろめいてしまった。
「うーし、それじゃあ帰るぞ」
キャラコが声をあげる。
「アイアイサー」
「ヨーソロー!」
ポラとシーシーがそれに応える。
少し遅れて、慌てて俺も「アイアイサー!」と大声を張り上げた。
「あはは! いいぞ、ポチ。おめー、良い声出すじゃねえか」
舵輪をきりながら、キャラコが笑った。
俺はちょっと嬉しくなった。
完全にご主人様に褒められた飼い犬状態。
声の大きさには自信がある。
野球部で鍛えた発声だ。
「……うるさいわね」
すると、甲板の上の方から声がした。
目をあげると、そこには網で出来たハンモックが吊られており、女性が一人寝転がっていた。
「ちょっと静かにしなさい。せっかくいい気分で寝てたのに」
こちらを見下ろしながら、文句を言う。
「うるせー。エリー、てめえも降りてきて手伝え」
シーシーが言い返す。
「どうしてこの私が雑用なんて」
寝ぼけまなこの女性――エリーはそれだけ言うと、また寝転がってしまった。
また女性。
どうやら、ここのクルーは全員が女の人で構成されているようだ。
「ったく。怠け者め」
シーシーは頬を膨らませた。
「あの」
「なんだ、ポチ」
「あの方も、お仲間なんですか?」
「おう、そうだ。紹介してやろうか」
「ああいえ、いいですいいです」
俺は首をぶんぶんと振った。
あのドンパチの中、ぐうぐう寝ていた人だ。
きっと――あの人も怒らせたら怖い。
「そっか。そんじゃ、うちも寝るから」
シーシーはそう言い残すと、軽やかにスキップをしながら船尾楼の下にある船室へと入っていった。
うーん。
あの後ろ姿だけ見てると、どこからどう見ても単なる子供だ。
「あの人、うちの副船長なんです」
彼女の後ろ姿を眺めていると、ポラが声をかけてきた。
「あの人?」
「あの人です」
そう言って、頭上を指さす。
「エリーさん、ですか?」
「うん。エリー副船長です」
「へ、へえ」
俺は彼女を見上げた。
あの人、副船長なんだ。
とてもか弱い女性に見えるが――あの人も海賊の一味なのだ。
きっと、べらぼうに強いに違いない。
そんなことより――と、俺はポラの方を向いた。
ようやく、彼女と二人で話す機会が出来た。
これまで聞かれてばっかりだったが、こちらも聴きたいことは山ほどある。
「あ、あの、ポラさん。俺――ぼ、僕、色々と聞きたいことがあるんですが」
これまでの様子をうかがう限り、この人が一番安全そうだ。
「聞きたいこと?」
「はい」
「どうぞ。なんでも聞いてください」
そう言ってほほ笑む。
ああ、本当、この人がいてよかった。
「じゃああの、まず、なんていうか、ここってどこなんです?」
「どこって――キミ、本当に何も知らないの?」
「そうなんです。全く、何にも知らなくて」
「記憶喪失?」
「いや、どうなんでしょう。記憶はあるんですが――もしかしたら、何かの記憶が抜け落ちてる可能性はあります」
ポラはふむ、と頷いた。
「まあ、よくわからないですけど、ゆっくり思い出したらいいですよ」
「そ、そうですね。でも」
「でも?」
「ゆっくりって言っても――僕、ここでお世話になっていいんでしょうか」
「いいんじゃない? シーシーちゃんもポチ君のこと、気に入ってるし」
「ぽ、ポチ」
この人もそう呼ぶのか。
俺はちょっとだけずっこけた。
「あの、僕、どうなるんでしょうか」
「どうって?」
「なんていうか、ポラさんたちは海賊ですよね? そして、シーシーさんは僕のことを奴隷と呼んでました。奴隷って言うのは、その、やっぱり死ぬまでこき使われたりするんでしょうか」
「あは。そんなことはないですよ」
ポラは笑った。
「そ、そうなんですか」
「うん。私たちの国に奴隷制度はないですから。安心してください」
「じゃあさっきのは」
「冗談ですよ、冗談。ほら、うちの人たち、口が悪いから。ジョークもブラックなんです」
「じょ、ジョーク。あ、はは。それはよかった」
俺は心から安堵した。
あんだけ無慈悲に人を殺してたから――冗談には思えなかった。
「ただ、気を付けてくださいね」
「え?」
「シーシーさんはもちろんですけど、船長も副船長も、みなさん怒らせたら超怖いですから。てゆーか、普通に殺されますから」
「ま、マジですか」
「マジマジ。私たちの命の生殺与奪は、完全に船長たちに握られてます」
「そ、それって実質的に奴隷ってことじゃあ」
「あ、言われてみればそうかも」
ポラはそう言うと、ケラケラと笑った。
……やっぱり、この人も普通じゃないな。
「とりあえず、ポチさんは私と一緒に雑用係をすることになると思いますよ」
「雑用係?」
「はい。船内の掃除とか、帆の出し入れ、あとは買い出しとか見張りとか」
「ぼ、僕にできますかね」
「私が教えてあげます。すぐに覚えますよ」
ポラはにこりと笑った。
ほっとするような微笑み。
「あとは、出来るだけ戦闘技術は身に着けてくださいね」
「せ、戦闘?」
「はい。海賊ですから。強くないと、すぐ死にます」
「で、でも、僕、戦闘とか全然知らないし」
「その辺は自力で覚えてください」
「ポラさんは、教えてくれないんですか?」
「はい。私は非戦闘員ですから」
言ってることが矛盾している。
強くないと駄目といいながら、自分は戦闘をしないのか。
「私、
俺の心を読んだように、ポラが応えた。
「ネゴシ……エー?」
「エーター。交渉を専門とする職業のことです」
「交渉って言うのは、海賊相手にってことですか」
「基本的にはそうです。海賊の犯罪には誘拐や
「解決って――あなたたち、海賊じゃないんです?」
「海賊ですよ。でも、普通の海賊じゃないんです」
俺は眉根を寄せた。
普通の海賊じゃない?
海賊に、普通とか普通じゃないとかあるのか。
いや――と、そこで俺は先ほどの戦闘で言っていた言葉を思い出した。
――海軍の名において。
そうだ。
たしかに、彼女たちはそう言っていた。
「そ、そうか。あなたたちは、軍隊なんですね」
「違いますよ」
にこやかに即答される。
「でも、さっきは」
「ああ。先ほどの宣誓ですね。あれは、たまたま今回の仕事が海軍に依頼されたものだっただけです」
「依頼――っていうと」
「だから、私たちは傭兵なんです」
「傭兵?」
「そう。この海には海賊が山ほどいますからね。公も民も手が足りない。だから、私たちのような傭兵が依頼を受けて、お金で海賊を狩るんです。いってみれば、海賊を狩る海賊なんです」
――海賊狩りだ!
そう言えば、ゼルビーの一味がそう叫んでいた。
「な、なるほど。そういうことでしたか」
なんとなく得心が入った。
いや、全体的にはまだよくわからないが、部分的にはぼんやりと分かった。
つまり――さっきの奴らはやっぱり悪党で、金のためとはいえ、彼女たちは正義のためにやったわけだ。
そう考えると、幾分、心が落ち着いた。
「それじゃあ、今度は私から聞いていいですか?」
「え? ああ、はい、どうぞ」
「あなた、ニホンという国で、どういう身分だったの?」
「身分――ですか。えと、多分、一般庶民だと思います」
「庶民?」
「はい。ただの高校生です」
「学生さん、ですか。しかも、一般市民」
「そうです」
ポラははあ、と息を吐いた。
「ポチさんって、本当に不思議。私、ちょっとワクワクしました」
「わくわく?」
「はい。きっと、この世界のどこかに、あなたの国があるんでしょう。そう思うと、ワクワクします。未知の国、ニホン。行ってみたいな」
「き、来てください! っていうか、一緒に行きましょう!」
俺は興奮気味に言った。
そうすれば、俺は家に帰れる。
「そうですね」
ポラはにこりと笑った。
その笑顔に、微かな希望が見えた気がした。
ここがどこなのかはさっぱり分からないけれど――いつか絶対に生きて帰ってやる、と。
「それで、あの」
と、俺は聞いた。
「エリーさんは、どんな人なんですか」
キャラコ、シーシー、ポラ。
この3人のキャラクターはなんとなくつかんだ。
だが――彼女だけはまだ何も分からない。
うっかり地雷を踏んで怒らせないように情報を集めておいたほうが良い。
「すごく面倒くさがりな人ですね。だから、雑用とかそういうのは一切やらないです」
「なるほど」
「煩わしいことが大嫌いですから、用がない限りは近づかないほうが良いですよ」
「分かりました。助かります」
「寝起きも悪いですから。朝早いときは慎重に」
「了解です」
1聞くと10がペラペラと出てくる。
どうやら、エリーとやらもなかなかの曲者のようだ。
「あの人、機嫌悪いと仲間にも容赦なく魔法使いますからね。気を付けてください」
ポラは腕を組み、困ったものですと言った。
「は?」
俺は顔をしかめ、思わず顎を突き出した。
「え? なんですって? 今、何を使うって――」
「だから、魔法です」
「魔法?」
「はい」
「魔法って何ですか?」
「魔法は魔法ですよ。エリーさんは、魔法使いですから」
俺は言葉を失った。
な――なんだそれ。
すぐには脳が言葉の意味を咀嚼してくれない。
いったい、この少女は何を言っているんだ?
魔法使い。
魔法を使う人。
ゲームの中の存在で、この世にはいない人。
「あの……エリーさんって、魔法を使うんですか?」
恐る恐る聞いた。
「使いますよ。超使います」
「超使うんですか」
「はい」
「つまり、この世界には魔法があるわけですか」
「ありますよ。ニホンには、ないんですか?」
「無い……と思います」
へえ、とポラが微笑む。
どうやら――冗談で言ってるわけではないらしい。
いいや、きっと、この人は嘘を言っていない。
真実なんだ。
そもそも、俺が一瞬に移動してきたこと自体が魔法みたいなものなのだ。
魔法があったって不思議じゃない。
「珍しい国ですねえ。その代わり、他の文明が発達してるのかしら」
「……はあ、どうなんでしょうか」
俺は生気なく答えた。
もはや、ポラの言葉は耳に入っていなかった。
俺は首を回して、この世界を見回した。
空。
海。
太陽。
これまで見てきたような、当たり前の景色に見える。
でも――ここはもはや、俺が暮らしていた世界ではないのだ。
そう。
俺は地球のどこかへと飛ばされたわけじゃない。
元住んでた場所とは別の、まったく違う世界線へと移動してしまったのだ。
「そ、そんなことってあるのか」
俺は天を仰いだ。
微かに見えていた希望が、一気に消え去ってしまった気分だった。
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