第2話 キャラコ海賊団
「で、こいつは何者だ?」
残った海賊たちを縛り上げた後、船尾楼に上がってきたキャラコは、腰が抜けて這いつくばっている俺を見下ろしながら言った。
「さあ。なんか、撃たれそうだったから助けたんだけどー」
銃を担いだ少女が言った。
こちらはまだあどけない少女だ。
顔も体型も幼い。
「もしかして、チェスターの一味だったかな。だったら、殺しといたほうがいいかな?」
「いや、ゼルビーはチェスター傘下の海賊だ。そのゼルビーに殺られそうになってたんだから、それはねえだろう。海賊だとすればジュベかミュッフェンの仲間だろうが――そういう風にも見えねえな」
「ふーん。じゃあ、どっかの奴隷かな」
「それも違う。チェスター海賊団は悪党集団だが、奴隷売買は専門外だ。ゼルビーは忠実な部下だった。チェスターのやらねえ商売に無断で手を染めるとは思えねえな」
「そっかー」
二人はそんな感じで俺のことを話し合っている。
彼女たちは俺を助けてくれた恩人だが――会話の内容からしても、ただの善人とは思えない。
つーか、さっき山ほど人を殺してたし。
俺は言葉が出ず、ただ俯いていた。
「おい、お前、
キャラコがしゃがみ込み、俺の顎をぐいとつかんだ。
「に、日本人」
俺はカラカラに乾いた口で、ようよう言った。
「ニホン?」
キャラコは眉を寄せた。
それから銃の少女の方を見た。
「シーシー、知ってるか?」
「知らなーい。聞いたこともなーい」
銃少女(シーシーという名前のようだ)は首を横にふるふるとふった。
「ポラはどうだ?」
「私も知りません」
先ほど逃げ回っていたメイド服の女の子 (こちらはポラらしい)が言った。
ふむ、とキャラコは顎に手を当てた。
「ポラが知らないとなると、よほど未開の土地からやってきたようだな。やはり奴隷か?」
「いえ。違うと思います」
「どうしてそう思う」
「この、彼の着ている服を見てください。奇抜なデザインですが、とても造作がよくできています」
失礼しますね、と言って、俺の着ている野球のユニフォームに触れる。
「うん。この手触り。おそらく、いろんな布を合成させて作ってありますね。これだけで、高度な文明のある国だということは分かります。この縫製技術もすごい。見てくださいよこれ。一ミリの狂いもない」
「たしかに……こりゃ上等な服だな」
「はい。恐ろしく精密です」
「で、どこだよ、その高度な文明の国ニホンってのは」
「うーん。ちょっと分かりませんね。どの国の民族衣装にも似てないです。ただ、こんな高級な衣服を着ているということは、もしかすると地位の高い人間かもしれません」
ポラは首を捻った。
この中で、唯一まともに話が通じそうな女の子。
俺は彼女たちに向けて、土下座をした。
「あ、ありがとうございました! 命を助けていただいて!」
「助けるかどうかはこれから決める。いいから、どうしてここにいるのか、言えよ」
キャラコが凄む。
女の人だけど――すごい迫力だ。
「そ、それが、あの、本当に、自分でもよくわからなくて」
「よくわからない?」
「は、はい。気付いたらここにいたんです」
「てめえ。適当こいてんじゃねえぞ」
今度は胸ぐらをつかまれる。
め、めっちゃこえぇ。
美しい容姿をしていても、彼女たちは凶悪な海賊たちを無慈悲に瞬殺した連中だ。
今はまだ、命が助かったとは言えない状況なんだ。
「正直に言ったほうが良いよ?」
ポラは胸に手をあて、心配そうに言った。
「
そんなこと、言われなくても分かります。
先ほどの惨劇が目の裏で瞬いて、俺は体の底から震えた。
今も甲板にあるあの死体の山は、彼女たちが作り上げたものだ。
「本当なんです! だから、他に言いようもないんです! 信じてください!」
俺は床板に頭を擦りつけた。
自然と涙が出た。
人に信じてもらえない、というのはこんなにも辛いものなのか。
「嘘を吐いてるようには見えねえな」
と、キャラコが言った。
「ポラ。お前、どう思う?」
うーん、とポラが唸った。
「少なくとも、この辺りの人間の顔ではないですよね。ザビア人ともモンクル人とも、そのハーフとも違う。マギ族やノウェイ族とも違うし、そもそもヌンド大陸の人間でもなさそう。なんていうか、平べったくて不思議な顔」
彼女はまじまじと俺を見つめた。
このポラという女の子。
めちゃめちゃタイプなので、顔を近づけられるとドキドキしてしまう。
今はそんな場合じゃないのに――いや、そんな場合じゃないから、脳みそが現実逃避しようとしているんだろうか。
――しかし。
ザビアとかヌンドとか、聞いたことのない名前が続く。
ここは一体、どこなんだろうか。
「よくわかんねえが、放っておいても害はなさそうだな。ひ弱そうだしよ」
俺の様子を見て、キャラコが言った。
結局、先ほどの海賊たちと同じ結論に至る。
「そーね。こんな情けないやつ、殺す価値もないね」
シーシーがケラケラ笑う。
「うん。じゃあ、命は勘弁してやる!」
シーシーは腰に手を当て、えっへん、と偉そうに言った。
その結論に、心の底からほっとする。
どうやら、命だけは助かりそうだ。
「ありがとうございます! すいません! ありがとうございます!」
俺は何度も繰り返した。
いつの間にか、命乞いに慣れてきている。
「いいぞ! もっと擦りつけるなりー」
にゃははー、と愉快そうな声。
そうしてそのまま頭を下げ続けていると、後頭部に硬い感触を感じた。
これは靴底だ。
シーシーが……俺の頭を踏んでいる。
「にゃはは。お前、面白いな。怯えすぎだぞー」
そう言って嬉しそうに笑う。
「し、シーシーさん、それはいくらなんでも可哀想ですよ」
ポラが慮ってくれる。
たしかに――これはなかなかの屈辱だ。
「そんなことないよ。な?」
足をどけてくれたので、顔を上げる。
シーシーは俺を見下ろしながら、満面の笑みを浮かべている。
「は、はい」
「うん! よろしい!」
「ぼ、僕はもう、命を助けていただいただけで。シーシーさん、ありがとうございました」
「そうだろう、そうだろう。感謝しろよ」
「は、はい!」
俺は夢中で頷いた。
すると彼女はまたぞろにんまりと笑い、
「お手!」
と手を差し出した。
「え?」
俺は首を傾げた。
「ほら! お手!」
「いや、あの」
「出来ないの?」
「出来ないっていうか、その」
「……出来ないんだ」
シーシーはジャキ、と銃口をこちらに向けた。
ひっ、と俺は小さく悲鳴を上げ、
「はい!」
即座に彼女の小さな手のひらに「お手」をした。
シーシーはにんまりと笑った。
「じゃあ、おかわり!」
「はい!」
「ちんちん!」
「へっへっへ」
全て言う通りにした。
するとシーシーは嬉しそうにキャハハと笑った。
とにかく、彼女たちを怒らせないように。
もはや、それしか頭になかった。
「よーし、それじゃあ次は馬になれ!」
すると、シーシーがそう言って、今度は背中に乗ってきた。
「は、はい」
俺は言われた通り、四つん這いになって馬の真似をした。
にゃはは、とシーシーが背中で笑う。
「ほれ。
「ひ、ひひーん」
「駄目。もっと雄々しく!」
「ヒヒーン! ヒヒーン」
俺は馬のように上半身をのけ反らせて、声の限りに叫んだ。
人間って、こうも簡単にプライドが捨てられるのか。
俺は躊躇いもなく「ヒヒーン!」ともう一度、鳴いた。
「にゃは! たのし!」
シーシーが背中ではしゃぐ。
「ね、ミスティエ! こいつ、飼っていい?」
「あ? なんだ、飼うって」
キャラコが眉を寄せた。
その時、俺は少し眉を寄せた。
この超怖い女の人。
キャラコって名前じゃないのか?
「飼うって言ったら飼うだよ。うちの
「は。物好きな奴だな。こんなのを飼うのか」
「いいでしょ? ちゃんと餌もあげるからー」
まるで子供が捨て犬を拾って来た時のようなやりとり。
つまり――現時点での俺の立場は“犬ころ同然”ということだ。
「ま、いいだろ。雑用が一人欲しかったところだ」
キャラコはそう言って踵を返した。
「その代わり、ちゃんと面倒見ろよ」
「アイアイサー!」
シーシーはわざとらしく踵を鳴らし、敬礼の真似をした。
「それじゃ、よろしくね。えーっと、お前、名前は」
「り、陸太って言います。田中陸太」
「タナカリクタね。うん。じゃあ、ポチって呼ぶから」
なんでだよ、と思ったが当然口には出さない。
代わりにわん、と鳴く。
「よろしく! ポチ!」
嬉しそうに微笑み、目を細める。
この笑顔だけ見ていれば――すごい可愛い少女なんだけど。
「よし、それじゃあポラ、シーシー。この船を曳航して帰るぞ。船首と船尾を今すぐ結べ」
キャラコが指示を出す。
「アイアイサー」
「
二人はてんでに返事を返し、船尾楼から甲板へと降りて行った。
「ほら。てめーもさっさとあたしらの船に乗れ」
キャリコが顎をしゃくる。
「は、はい」
俺はこくんと頷いた。
「馬鹿野郎。海賊の返事は『はい』じゃねえ、アイアイサー、だ」
「ご、ごめんなさい」
「元気よく言えよ。辛気臭ぇ声上げやがったら、ぶっ殺すからな」
「は、はい」
「あ?」
「あ、す、すいません」
俺はごくりと息を吸い込み、それから声の限りに叫んだ。
「アイアイサー!」
こうして。
俺はキャラコ船長が率いる海賊の一味に拾われたのだった。
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