異世界で美少女だらけの海賊に拾われた俺はペット扱いされながら最下層から成り上がる!

山田 マイク

第1話 気付いたら船の上


「んで、てめーはどこの誰なんだ」


 凶悪な顔の男が、俺の額に銃口を突きつけながら言った。


「どこから入った。いつから隠れていやがった」


 男は使い古されたかすりのような布で出来た服を着こみ、端が解(ほつ)れたボロボロのベストをその上から羽織っていた。

 腰には太い布製のベルトを巻き、それにサーベルを2本差している。


 浅黒い肌。

 屈強な二の腕。

 服の上からでも分かる、発達し盛り上がった胸筋。


 頭には潮が白くこびりついた紺のバンダナを巻き、焼けた肌には無数の傷が見て取れる。

 左目から大きく裂かれるようについた傷痕があり、山羊髭だらけのその凶暴な面をさらに人相悪く見せていた。


 その男の周りには男と同じように凶悪な面相をした輩が20~30人ほどおり、ずらりと俺を取り囲んでいる。

 完全に逃げ場なし。


「どうしてここにいんのかって聞いてんだ」


 男はもう一度、今度は苛立った様子で問うた。


「い、いや、僕も、気付いたらここにいたっていうか」

「そんなわけねえだろ。ここは入り湾のど真ん中だぞ。まさか、鳥がてめえを咥えてここに落っことしたとでもいうのか」


 揺れる床。

 濃密な潮の香り。

 ちゃぷちゃぷという波の音と、きぃきぃという木板が軋むような音。

 

 そうである。

 ここはどうやら海の上。

 船上だ。


「い、いえ、それはないと思うんですが」


 俺は俯き、首を横に振った。

 

「ふざけるなよ、お前。いいか。本当のことを言わねえと、今すぐ頭がぶっ飛ぶぞ!」


 横から別の男が怒鳴る。

 俺はぶるぶると首を横に振った。


「ふ、ふざけてなんかないです! 気付いたら、ここにいたんです! 信じてください! 俺――いや、僕、授業が終わって放課後に部活やってたんです! 野球やってただけなんです! そしたら、急に天候が悪くなって、雷が落ちたと思ったらここに」


 汗だくになりながら、身振り手振りを交えて必死に説明した。

 すべて真実だった。


 俺は授業を終えていつも通り野球部の練習をしていたのだ。

 すると稲光が瞬いて――


 気付いたら、ここにいた。


「ヤキュー?」


 男は怪訝そうな顔をした。


「なんだそれは。お前、知ってるか?」

「いや、知らないです」

「お前は」

「俺も」

「お前は」

「聞いたこともないです」


 銃を持った男が、順々に聞いていく。

 どうやら、この男がボスらしい。


「適当なこと言いやがって」


 ボスの男はしゃがみ込み、俺の髪の毛をぐいと掴んだ。

 むせ返るような汗の臭い。

 それからタバコと、アルコールの薫り。


 そして――微かに血のにおいも。


「言え。どこの船のもんだ。ミュッフェン一味か。それともジュベか。妙な格好をしているが――こいつぁフリジア騎士団の秘密制服じゃねえのか」

「どこのものでもありません。僕はただの高校生で――」

「嘘を吐くな。このハイエナ野郎が。密かに入り込んで、なにを企んでやがった」

「本当なんです! 僕は何も知らない! 何者でもない!」

「囀るんじゃねえ、ボケ!」


 怒号と共に、銃口で額を殴られる。

 痛みより前に衝撃が激しくて、俺はその場に仰向けに倒れた。


 目の前がチカチカする。

 脳が揺れたのか、景色がぐらぐらと揺れた。


 殴られたのは生まれて初めてのことだった。

 こめかみの辺りから生ぬるい雫がたらりと伝うのが分かる。

 反射的に拭うと、手にはべったりと血が付いていた。


 この衝撃リアル

 夢じゃない。

 どう考えても現実だ。


 そこまで思考すると、急に腹の底の方から恐怖がせりあがってきた。

 俺――マジで殺されるんじゃねーか。


 ようやくズキズキと頭が痛みだす。

 恐ろしくて恐ろしくて、頭がどうにかなりそうだった。


「どうします、かしら

「殺せ」

「いいんですか」

「ああ。妙な格好をしているが、どうやら丸腰で戦闘も素人。海賊じゃねえ。警察でもねえ。自警団でもなさそうだ。裏はねえだろ」

「たしかに。見るからにひ弱な小僧だ」

「大方、港で入り込んだコソ泥だ。殺して、海に捨てとけ」

「了解(アイサー)」

「こいつの件はこれで終わりだ。野郎ども、持ち場に戻れ」

「了解」


 ボスの男はそう言うと、銃を肩で背負い、踵を返してよたよたとガニ股で歩き出した。

 集まっていた船員たちも、急に興味を無くしたように散っていく。


 戦慄するようなやりとりだった。

 こいつら――人が死ぬことも、人を殺すことも、なんとも思ってない。


「おら、立て」


 部下の男に腕を引かれ、俺は立ち上がった。

 腰にぐい、と硬いものを押し付けられる。

 銃だ。


 ここに至り、俺は確信した。

 この男たち――


 海賊だ。


「そのまま、向こうの船尾楼の端まで歩け」

「ちょ、ちょっと待ってください。僕、本当になにも知らないんです。泥棒でもないんです」

「うるせえ。さっさと歩け。ここで死なれたら船が汚れるんだよ」

「殺さないでください!」

「うるせえ! 楽に殺してもらえるだけありがたいと思え」


 そう言って、背中を蹴られる。

 さらに後頭部に拳で一発。


 俺は泣きべそをかきながら、言われた通りに歩いた。

 なんなんだ、一体。

 どうしていきなりこんなことに――


 俺は船の端まで連れていかれて、腰ほどの高さの手すりギリギリの所に立たされた。

 目の前には海しかない。

 

 雲一つない快晴の空。

 じりじりと照りつける太陽。


 こんな陽気な日に、俺はこれから海の藻屑となるのか。


「じゃあな」


 後頭部に銃口が突きつけられる。

 俺は目をつむった。


 ちくしょう。

 なにがなんだかわからない内に殺されるなんて。


 ああ、父さん、母さん。

 親孝行できずにごめん。

 もう一度、二人に会いたかった――

 

 バンッ!


 と、破裂音がした。


 続いて、ドサリ、と倒れる音。


 俺はぱちりと目を見開いた。

 意識がある。


 し、死んでない。

 俺、死んでない!


 喜びもつかの間、すぐに疑問が脳裏に浮かんでくる。

 しかし――どうして?

 先ほどの銃声は、俺を殺すはずのものだったのに。


 咄嗟に振り返ると、足元で先ほど俺に銃を突きつけていた男が倒れていた。

 こめかみに穴があいていて、そこから血がドバドバと流れ出している。

 男の目にすでに光はなく、完全にこと切れていた。


「ひっ」

 俺は小さく悲鳴を上げ、思わず尻餅をついた。


 ど、どういうことだ、これは。


 反射的に音がした方、甲板へと目をやる。

 すると一人の人間が、こちらに銃を向けていた。

 その銃口からは、まだ白煙があがっている。


 が――撃ったのか?


 俺はごくりと息をのんだ。


 そう。

 凶悪な拳銃を向けているのは、女性だった。

 それも、まだ幼気な少女だ。


 そして、甲板にいたのは彼女だけではなかった。

 一人、二人――合計3名の女性が立っている。


 一人は背の高い女性だ。

 まるで臆した様子もなく、男たちに対峙するように立っている。


 彼女はつばを巻き上げようなた三角帽子を目深に被り、そこから美しい長い金色の髪が靡いていた。

 すらりとした長身で、肌は海に似つかわしくないほど白い。

 純白のベストを羽織り、背中には血のように紅い大剣を背負っている。


 最後の一人は黒いロングスカートのメイド服を着た女性。

 この場に不釣り合いのヒラヒラな衣装を着て、怯えたように自分自身を抱いていた。


 銃を構える幼女。

 大剣を背負う帽子の美女。

 そして、場違いなお嬢様のようなメイドさん。


 ついさっきまでいなかったはずの、てんでバラバラな3人組だ。


「海賊狩りだ!」


 男たちの中から、誰ともない叫び声があがった。

 その言葉と共に、一気に緊張感が増したのが分かった。


 すると、メイド服の女の子がおずおずと前に進み出た。

 そして、何やら小さい本を取り出し、それをめくりながら次のように口上をあげた。

 

「全員動かないでください! ゼルビー海賊団のみなさん!」

 か細い声を、目いっぱい張り上げる。

「ラングレー国海軍の名において、この船は直ちに私たちが徴発(ちょうはつ)させていただきます! 大人しく投降してください! 抵抗するなら、容赦はしません! 繰り返します! 抵抗するなら容赦はしません!」


 海軍?

 俺はその言葉に思わず目を開いた。

 彼女たちは――軍隊なのか。


「チッ! 白木綿キャラコどもか」

 ボスの男がサーベルを抜き、部下どもをかき分けて甲板の中央――女性の目の前に飛び出す。

「てめえら、人の船にずかずかと乗り込んできやがって。タダで済むと思ってんのか」


「うるせえ」

 帽子を被った大剣の女――キャラコと呼ばれた女性が言い返す。

「聞いただろ。降伏しねえなら皆殺みなごろしだっつってんだよ。犯罪者ども」


「……誰に頼まれた」

 ギリ、と歯ぎしりをしながら男が問う。


「てめえ、耳がねえのか? 海軍おかみだっつってんだろ」

「とぼけるんじゃねえ。こっちは金を出したのは誰だって聞いてんだよ、ボケ」

「けっ。依頼人のことをペラペラくっちゃべる傭兵がどこにいる。てめえの胸に聞いてみろ」

「こっちはよ、心当たりが多すぎるんだ。いいから、質問に答えろ。誰が依頼(チク)りやがった」

「質問してんのはこっちだ。あんまり調子に乗るなよ、この馬糞まぐそ野郎」


 キャラコは人差し指で帽子のつばをくいと上げた。

 その下から――にやりと凶悪な笑みが見えた。


「お前らに質問する権利はねえんだよ。いいから、やるのかやらねえのか、さっさと答えろこのボケ!」


 女が怒鳴り上げる。

 船中がビリビリと震えるくらい、でかい声だった。


「あ、あの、やめたほうがいいですよ」

 と、その時、後ろに控えていたメイドの女の子が、おそるおそる脇から口を挟んだ。

「黙って捕まってくれたら殺しはしませんから。あなたたちには裁判を受ける権利もあります。ね? 悪いことは言いませんから、大人しく、降伏しましょ?」


 説得する少女に、キャラコが不機嫌そうな顔を向ける。


「ポラ。お前は黙ってろ」

「で、でも、船長」

「せっかく大暴れできそうなんだ。見ろ、このアホどものツラ。あたしらを殺したくてうずうずしてる」

「う、嬉しそうに言わないで下さいよ」

「大体、この馬鹿どもにあんな警告なんていらねえんだよ。いいか。海賊は投降なんてしねえんだ。命より名の方が大事な阿呆なんだからよ」


 帽子の彼女は、男の方に目線を戻した。


「そうだろ? ゼルビー船長どの」

「黙ってろ。海軍の犬どもが海賊を語るんじゃねえ」

「つれないこと言うじゃねえか。あたしらは金が全てなんだ。お前たちと同じだろ?」

「一緒にするんじゃねえ。海賊の面汚しが」

「てめえらにツラがどうこう言われたらおしまいだな。病気持ちのネズミみてえな顔しやがって」

「……相変わらず口のわりぃ女だ」


 人相の悪い男――ゼルビーは鼻に皺を寄せてキャラコを睨んだ。

 よくわからないが……どう見ても仲がよさそうには見えない。

 まさに一触即発だ。


「やっちゃえー! やれやれー!」

 さらに、後ろに控える銃を持った女の子が囃し立てる。


「さあ、答えを聞こうか。やんのか、やらねえのか」

 キャラコが焦れたように、顎をあげて問う。


「上等だよ、このくそビッチ」

 ゼルビーは顔を紅潮させ、それから怒声を張り上げた。

「舐めやがって! 全員、ぶち殺してやる!」


 ゼルビーが剣を振りかざして飛び掛かる。

 それを機に、取り囲んでいた船員たちも「うおおおおおおお」と叫び声をあげながら彼女たちに襲い掛かった。


「へ。そうこなくちゃな、ネズミども」


 キャラコは嬉しそうに下唇をぺろりと舐め――被っていた海賊帽を空中に放り投げた。


 それが合図だった。


「よっしゃー! はじまったー!」


 ドウドウドウッ。


 女性の後ろに控えていた女の子が、躊躇なく銃をぶっ放す。

 それを号砲として、一気に戦闘が開始された。


「ひー! やっぱダメだったー!」

 メイド服の子は船の隅に逃げ、小さく縮こまった。


 俺も船の手すりにしがみつき、床に這いつくばるようにその場に伏せ、様子を伺った。


 ドドドドド。

 ドン、ドン!

 パパパパパ。


 様々な銃声が響き渡る。

 ヒュンヒュンと流れ弾が頭上を通過していく。


 やべえ。

 マジでやべえ。


 俺はいよいよ平伏して、頭を下げた。

 こんなの、まるきり戦場じゃんか。


 潮風に乗って硝煙の臭いが充満する。

 恐る恐る顔を上げ、甲板に目をやった。


 甲板はすでに阿鼻叫喚だった。

 もっとも、やられているのは海賊の男たちばかり。

 銃を持った少女の掃射によって、次々に倒れていく。


 あの子――すげえ。


 俺は汗が一気に冷たくなった。

 あの少女。

 短銃から装飾銃、時には自分の身の丈ほどもあろうかという銃まで、あらゆる大きさの銃を使い分けて的確に海賊どもの急所を打ち抜いている。

 素早く、正確に。

 まだ小学生くらいに見えるけど――悪魔のような強さだ。


 そこから少し離れた場所では、船長と女剣士の戦いが始まっていた。


 短い間、二人は牽制しあっているように見えたが――


 勝負は一瞬だった。


 剣を構えた女性の姿がブレた。

 と思うと、一瞬にして姿を消えた。


 俺は目線で辺りを伺った。

 すると――彼女はいつの間にか、船長の背後に回っていた。


 シュビッ、と剣を薙ぎ払う。

 真っ赤な血液が床に散る。


 そして――

 次の瞬間には、ばたりとゼルビーは前のめりに倒れた。

 首がばっさりと斬られ、甲板はあっと言う間に血で染まっていった。


 つ、強ぇ。

 こっちも、有無を言わさぬ強さだ。


「ここまでだ!」


 キャラコが勝鬨を張り上げた。


 残った船員たちは、金縛りにあったように動かなくなった。

 船長がやられた。

 どうやら、それで勝負ありのようだった。


 つかの間の静寂が、船上に落ちた。

 まさに刹那の出来事だった。

 あっという間に、彼女たちは船を制圧してしまった。


 俺は大口を開けたまま、現実感のない光景を見下ろしていた。

 潮風と共に、ミャアミャアとうみねこの鳴き声が聞こえる。

 

「はえー。任務完了っす~」


 血だらけの甲板に、銃を担いだ女の子の呑気な声が響いた。


 

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