第15話 20×0年。ニ月十九日。第1相試験。
中島は用意した資料を黒木に渡しながら、説明をする。
「我々が開発した薬は、簡単に言ってしまえば体の中に入ったウイルスが増殖するのを防ぐというものです。1ページ目の化学構造図をご覧ください」
そう言って資料にある化学構造図を示す。
「通常、インンフルエンザなどのRNAウイルスは、このようにウイルスを複製して増殖していくウイルスとなっています。そこにこのアディオズを作用させると、複製の際にRNAウイルスが間違えて取りこんでしまい、複製の連鎖を止める事ができます」
「ほう」
黒木は説明を聞きながら、それが今までのインフルエンザ治療薬とどう違うのか理解できなかった。
だがクルーズ船で蔓延している新型肺炎には既存のインフルエンザ治療薬の効果は見られないという報告が上がっている。
それとどう違うのか、渡された資料を見ても専門用語が多くてよく分からない。
グアノシンやアデノシンの前段階のイノシンに至る前駆物質などと書かれていても、さっぱりだ。
「今までの抗インフルエンザ治療薬は体内で増幅したウイルスを体外に放出するのを阻害する作用を持つ薬です。実験によると、致死性の強毒化したウイルスを投与したマウスは三日ほど延命しましたが、多くのマウスが死亡しました。ですが初期にアティオズを投与したマウスは全て生存するという結果を得られました」
「それは素晴らしい結果だな。副作用はどうだ?」
黒木が身を乗り出して尋ねる。
「次のページに記載しておりますが、動物実験において初期胚の致死および催奇形性、及び精子の減少が認められました。そこで承認にあたり、多くの動物での安全性試験を行った結果、
第1相試験というのは、臨床試験のうち、健康な成人ボランティア(健常人、通常は男性)を対象として、主に治験薬の安全性および薬の吸収・代謝・排泄に関する情報を収集するための試験であると書かれている。
第1相試験では特に副作用も見られなかった為、妊婦または妊娠の可能性のある女性を除外して、次の第2相試験、第3相試験を行っている。
こちらも特に問題はない。
「胎児に障害を起こす可能性を排除するため,妊婦または妊娠している可能性のある女性への投与を禁忌とし、添付書類において投与期間中および投与終了後7日間はきわめて有効な避妊法の実施を徹底するという注意喚起をすることによって、医薬品医療機器総合機構の承認を得ました。この他の副作用につきまして、国内臨床試験および国際共同第3相試験で、現在まで重篤な副作用や後遺症は認められておりません」
「ほう」
いくら薬の効果があっても重篤な副作用があるのでは使えない。
新型肺炎で重篤な症状を起こすのは高齢者や持病のある者だ。それならばこの薬を試してみても良いのではないかと思う。
とにかく治療薬がまだ存在しないのだ。色々な薬を試して、どの薬が一番効くのかを探っていくしかない。
「また、アティオズはインフルエンザだけではなく、他のRNA感染症にも効果が認められます。さらにRNAの複製を阻害するという性質上、耐性菌ができにくいという利点があります。おそらく今回の新型コロナウイルスにも効果があるでしょう」
中島の説明を、聞けば聞くほど素晴らしい薬に思える。
今まで聞いた事のない薬だったが、現在流通しているインフルエンザ治療薬と比べても、アティオズの方が優れているのではないだろうか。
だからこそ、黒木は疑問に思った。
「そんなにいい薬があるのに、なぜ備蓄だけしていて使わないんだ?」
黒木の言葉に、中島は一瞬悔しそうな顔をして、手元の資料に目を落とした。
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